生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

結論

 自分は本当に頭の回転が遅い。アイスコーヒーで頭を冷やしながら、必死で考えていた。目の前の相手はこれに付き合う義務なんてないことを、バックグラウンドで理解しながら。

 

 

 分かったことがある。薄々気付いていたことではあったものの、言葉にされるまでは努めてその結論に至らないようにしていたことだ。それを認めるのは考え/生き方の根底をひっくり返されるのと同義だからだ。

 というか、私の友人たちは大体感づいていることだと思う。

私には芯がない。その理由は何度も考えたから、流石に分かっている。もうわざわざ書く気はないが、分かっているつもりだ。

 私はいつだって何周も考える。非定型の思考回路から、定型の結論を導き出すために、何度も思考する。そして気が付いた。非定型の回路では、定型の答えには至れないと。至ったところで、至ったことすら認識できないまま通り過ぎる、と。この思考には意味がない、無駄骨だと気が付いた。

次に何を考えたか?その上で、如何に道を修正するか、だ。これは言った覚えがある。「消去法だ」と。

「意味が分からない」と言われた。それはそうだ。あまりに脈絡がない。付け足そうとする声は、軽度の吃音にかき消された。改めて付け足そう。今思い出したけれど、それは再演だった。前も同じようなことをした。同じような相手に対して。今回は、明確な意思をもって。消去法のために、数少ない友人への裏切り行為を遂行した。

自分自身が生きる価値のある人間ではないことを、自身を“他ならぬ自分が嫌悪する存在”に身を落とすことで、証明しようとした。

 言おうとして言わなかったことがいくつかある。答えが予想できた上に、その答えから展開されるだろう流れを望まなかったので、意識的に避けたことだ。「私のことを何だと思っているのか?」と問われた。

 「一部の他人は深海の岩壁で、私の放った超音波を跳ね返す存在だ」と。言おうか迷って、言わなかった。それだって結局のところ、自分の言い訳を補強しようとする行為に過ぎない。

返ってくるだろう答えのほとんどを、予想できた。そこには、自分とは違う、固形の自我があることを知っていた。

 「友人だ」とすら言わなかった。それを否定する材料が揃っていることが分かっていて、都合のいいことに、それは否定されたくなかった。

 

 疲れ果てた。考えることに。意味のない答えを生産し続けることに。

 へとへとになるまで考えた末に導き出された答えに、次の思考の手がかりになる程の価値すらないことを認めたくなかった。考えたこと自体が無駄だったと理解したくなかった。

 ならばどうするか。無理矢理にでも答えを出せばいい。答えに誘導してやればいい。一番至りやすい答えは、消去法によるものだと思った。あれでもなくてこれでもないなら、残ったそれに違いない、というのが、一番簡単に見えた。そのために、“あれ”と“これ”に当たる物を、自ら確定して消せばいい。実に簡単な方法だ。面倒くさいのは苦手だ。回りくどいのは面倒だ。シンプルに行こう。1か0かを確定させよう。

 

 私の自称「頭が悪い」の由来はこういうところですよ、と言ってやればよかった。根拠のない自虐ではないのですよ、実際に愚かなのですよ、と。

 私の数少ない友人には、はっきり言う人とぼかす人とがいる。後者はいくら詰めたところではぐらかすけれど、前者は詰めればいつかははっきり言うと知っている。愚かで唾棄すべき言動に対して、毅然とした態度を示すことを知っている。

 今回考えたのは、「自分に価値のないことを証明すること」だった。その点では、概ね成功したと言える。自分では、それを判断するのに役不足であった。判断するために必要な、自我すらなかった。相手の言うとおり、フラフラ、ヘラヘラしていた。ああ、ようやく分かった。

「どうしてすぐ『自分なんか』と言うのか」「自分を適当に扱うのか」に対する答えが分かった。

「自分に、尊重するだけの自我がないという自覚があったから」だ。

 保身のための言い訳がいくつか思い浮かんでくる。そういう、上辺を取り繕うところだけが上手くなっていることを自覚する。

無価値感はそこに由来する。価値を算定された上で無価値と判断されるよりは、測定できなくて無価値と判断された方が傷付かなくて済む、という無意識の逃避を自覚する。私は私の、そういう卑怯なところが嫌いなんだ。優しい人間たちに「無価値なんかではない」と言わせて安心しようとするところが。

 

 私が、物を書くことから逃げるのだって、何にもなくて、ようやくすがりついた、“物を書く力”すらもないことを確定しないためじゃないか。数値的に測れないのをいいことに、曖昧にしておくためじゃないか。最後に残された、「少なくとも物を書く力はあるのかもしれない」という希望に縋るためじゃないか。

 師匠は言った、

「自分が馬鹿だという風に規定した方が楽だと分かって、そういう方向に動いているのは、馬鹿のすることではない」と。買い被りすぎだ。馬鹿ということにしておく、と、何かにマウントをとっているだけだ。わざわざそういうことにしなくても、そもそも私は馬鹿だった。

 

 そういう理解をした上で、私は当分同じ生き方をするのだろうと思う。正解なのか分からないうちは、不正解を自ら選んで破滅を選ぶのだろうと。

 あるかどうかも分からない希望に向かうよりは、定められた破滅に向かう方が分かりやすい。わかりやすさは大事だ。何より単純明快だ。

 絶望に追いやれば勝手に終わってくれるだろう、と、自分自身に期待している。能動的に選ぶ勇気すらないから、退路を断つことで選ぼうとしている。巻き込まれた周囲にとってみれば迷惑きわまりない。申し訳なさはあるものの、その白々しさには自分でも呆れる。

 自我を持つことは急所を作ることに等しいと考えている節がある。急所があると、そこを突かれる可能性が付きまとってくる。防衛が必要になる。社会をやっていく必要性が出て来る。それは非常に面倒くさい。というか私にはとても出来そうにない。社会は無理だ。じゃあ急所を作らなければいい、自我がなければそれが叶う。四半世紀にも満たない人生で学んだのはそういうことだったらしい。

 だから、私には怒るポイントが存在しない。急所がないのだから当然だ。私が他の人に怒らない/怒れないのはそういう訳だ。私がするのは、他の人が怒るっぽいところで、自分も怒ってみたりして人間らしく振る舞うことだけだ。

 自分には自我がない。積極的な境界がない。私があるのは、他人ではないところだ。消去法で残されたところだ。出来ることは、他人の範囲を拡張して、自分らしきところを推定することだけだ。

 言葉で反論できる物のみを好きになる。それらしい物を好きになる。好きということにしておく。そこに自分がいるということにしておく。

 何かを好きになると、その分弱点が増える。攻撃されると困る部分が増える。何かを好きと表明するのは、取引だと思う。コミュニケーションにおける通貨だと思う。共通項を探すための物ではなく、「自分はあなたに対して『弱みを見せる』という選択をしましたよ」と表明するものだと思う。

 会話が思い浮かばないのも無理はない。そもそも、わざわざ語ろうと思うような事柄が思い付かないのだ。

 ポジショントーク以外で、何も話す気が起きない。何かを話す意味を感じない。ルールとして定められた定型文以外に、必要性を感じない。

 特定の何か以外はほとんどどうでもいい。そこにある、ということ以外に感慨はない。好きになろうとした上で何かを好きになれた試しがない。やはり無理が生じる。

 自分の好きに自信が持てないのは、その裏付けが揺れているからだ。好きじゃないかもしれない、という考えが、常に“好き”たちに付きまとう。今のところそれがないのは、ごく一部の、思考の中で“好きじゃない”を否定し尽くした事柄だけだ。

 好きということにしたものたちについては、他人に共感されそうなところに、好きの理由を置いておく。会話の種を蒔いておく。それらしい弱みをちらつかせる。本当に面倒くさい作業だ。最低限の社会っぽいものをやるために必要な作業みたいだから、と、仕方なくやっていたけれど、やっぱり私にとってのリターンを、面倒くささが上回る。

 

 寝て起きて思った。グッチャグチャにされたかったのだ、と。何なら、西へ行ったこと自体にすら破滅への欲求が混じっていたくらいなのだから。

金を使い切るつもりで臨んだ。往復の切符をとる時に、旅行先のどこかで死んでしまう自分の姿を想像していた。だいたい、二日目は予定の上ではフリーだったし、行きたいところも特になかったから、そこでフラフラと、死ぬところを求めて彷徨おうとも考えていた。非日常の中であれば、高揚感のままに死ねると考えた。それを話したかどうかは知らないが、二日目には都合のいい創作のように予定が入って、そんなことは出来なくなったけれど。

 行きたいところも、やりたいこともない、と正直に告げた。すべて任せた。三歩後ろをついて行った。一日目の時点で、幸せが許容量を超えていたものだから、後はもうどうでもよかった。

自分の中の、何かをしたい、という気持ち全部が嘘のように、空虚に思えた。価値観による裏付けのない欲求は、自分でもどうかと思うほど無意味に見えた。

 

 非日常から味のない日常に帰った時に感じた、この先を生きていく目的とか意味のなさは、もはや恐怖であった。何もしたくなくて、何も決めたくなかった。

幸せになる方法が思い付かなかった。そもそも、自分が何に幸せを感じるのかすら分からなかった。だから言ったのだ、

「あの夢のような幸せには再現性がないじゃないか」と。あの幸せが、どんな文脈からもたらされた物か、どんなに考えても分からなかった。

 やはり、今まで無意識にやってきたように、消去法で幸せを確定させるしかなかった。目に見える不幸から確定させていった。その末に幸せを認識できると信じた。

私が物事をハッキリさせたいのも、多分ここに由来する。とにかく、不幸だろうが何だろうが、そこにあるものを可視化することに意義を感じた。モヤモヤしたものに、名前を与えて型にはめることで、安心した。

友情に入ったヒビは、全て亀裂にまで昇華させた。ハッキリさせた。後々割れる可能性が残るくらいなら、割ってしまった方が早いと思った。

 わかりやすい破滅を求めた。幸せを定義するために、不幸に突き進んでいった。

 友達すら、見放される/見放す可能性が見えた瞬間に、見放させるように行動した。

 破滅の果てに、「(今の自分は幸せではないが、)遠くに見える、アレこそが私の幸せだったのだ」と理解できると考えた。

 

 何かへの欲求すべてが嘘のようだった。何もしたくなかった。

間違いかどうかも予想できないで、間違うという覚悟もできないで、実行して間違うことが怖かった。間違いだと分かっていたことならば、ああ、ほら、予想通り間違っていた、と思える。安心できる。

私の内に、理論/価値観に裏付けられた判断基準はなく、すべて経験によった。自分自身に判断するだけの能力がないことは、自分で分かっていた。判断した上で間違うくらいなら、判断しないで間違う方が近道に見えた。負う傷を浅くできると思った。

 

 私の中には何もなかった。何もないという事実から目を背けるための行動のみが積み重なってきた。

 自分を馬鹿にしてくる全てに、そんなことは百も承知だ、と思っていた。言われなくても分かっている、と。分かり切っていることを、わざわざ言ってくること自体に、マウントをとっていた。正解は分からないけど、少なくとも今の自分が間違っているという自覚はある、ということに安心していた。

間違っているのに、間違っている自覚がないまま生きる気はなかった。どうせ間違うのなら、自覚をした上で間違いたかった。ほらやっぱり、思った通りだ、と安心したかった。

 予想もしなかった不正解によって罰されるよりかは、予想通りの不正解に罰される方が、心の持ちようが違った。備えが違った。

 人間はいきなり、脈絡無く一方的に、不正解を叩きつけられることを、三年前に思い知った。

そしてその、理不尽な不正解で、私は完全に挫けた。慎重に正解を選んだところで、突発的な不正解には抗えないと学んだ。丁寧に積み上げた正解も、天災のような不正解の前には為すすべなく崩れ落ちると知った。

正しく生きるのは、自己満足でしかない、と。

不正解は積み上げた正解の量など関係なく、常に正解に対して優位に立っていた。文脈の中にある正解が、脈絡のない、理不尽な不正解に勝てる道理はなかった。繊細な正解は、粗雑な不正解によって挫かれると知った。自分の手の及ばないところから、不正解が降ってくると知った。

 ならば、正解を積み上げることに、自己満足以外の意義はないじゃないか。自分を安心させる以外の機能はどこにもないじゃないか。

そんなことなら、不正解という名の暴力に身をやつした方が楽だ。

 

 結局のところ、美意識の問題なのだ。間違うことに傷付かないために、間違うことに対して不感症になったというだけの話。だってどうせいつかは絶対に間違うのだから。間違うことに鈍感になれば、負う傷を浅くできる。

 

 私は、能動的に幸せになることは出来ないと気が付いた。だからあの旅行の幸せが、余計に心を抉っていった。思い知ったのだ、私にはこれだけの幸せに、自分で辿り着く力はないと。故に「再現性がない」のだ。

「お前は『幸せだった』と言ったじゃないか。あれは嘘だったのか?」再演。

「いいえ、あれは幸せに相違なく。だからこそ、なんです。」適当に生きていくために、私はあれを知ってはいけなかった。あんなに幸せなことがこの世界にあると、気が付いてはいけなかった。あれだけの幸せに、どうすれば自力で辿り着けるのか、見当も付かない。ただ、そこにあるらしい、ということを知らされただけだった。それは、マップに表示はされるものの、そこへ行く手段がない島でしかなかった。

 

「少なくとも、幸せになろうとしろ」その言葉すらも、霧散した。なろうとしてもなれないことだと知った。

だから、幸せというゴールは諦めて、不幸という結論を目指すしかなくなった。そこになら至れると思った。繊細に正解を積み上げていくよりは、乱暴に不正解を重ねていく方が、簡単に。

 

 私にはもう、破滅を目指すことでしか、自分の人生を、自分の意志で歩むことが出来なくなった。幸せにはなれない。無理だ。幸せの発生に、自分の意思は介在しない。自分が何を幸せに思うのかすらハッキリしない。何を幸せと判断するのかの価値観すらない。一方、破滅は自分で選べる。意識的に間違うことは出来る。

 

 

 考えた末に至ったのはそういう結論だった。

友達?の話

 記憶障害のせいか、旅行の記憶が煮詰められてきた。

 

 碁盤の目が適当になってきた辺りを歩いていた頃に、友達の話をした。前にも同じような話をしたけど、対面ということもあってか、前よりも長く/深く話すことが出来た。

「お前、面白い友達がいるじゃないか」

「まあもう趣味とか全然合わなくなってきたんで、その子らも友達とは呼べないかもしれないんすけどね~」本音だ。

「うん?別に、趣味が合ってるか合ってないかで友達かどうか決まる訳じゃなくない?」

「だって、趣味すら合ってなかったら私と友達でいるメリットなんてないじゃないすか」と返す。当然のように、お叱りの言葉が飛んでくる。以下略。

 友達だと思った人が友達であればそれに越したことはないのだけれど。

 

 何年経っても克服出来なかった苦手がある。「尊敬出来ない人から馬鹿にされること」だ。何でこの人は大したこともないのに自分のことを馬鹿にしてくるんだろう、と、馬鹿にされる度に思う。

私は小物の自覚があるから、馬鹿にされること自体は慣れている。だけど、そういう生き方をし始めて数年目の今になっても、特定の人たちへの苦手意識が拭えないのは変わらない。

そういう人たちは、友達とか身内のような顔をして関わってくる。何なら、私が友達だと思っている人たちと同じくらいの距離まで近付いてくる。もしかしたら友達なのかもしれないと錯覚するくらいだ。知らんけど。

 そういう、よく分からない人たちを友達として数えないようにすると、私にいる友達はずいぶんと少なくなる。

少なくてもいいじゃん、と思う自分と、リスクが散らばらなくて不安になる自分とがいる。前者は師匠と話してようやく理解した考えだけど、後者の考え方もまた、昔から私の中に根付いている。依存先をばらけさせないと、いざという時に困る、ということを私は知っている。

 今の悩みはそこだ。

四六時中何かに悩んでいる気すらしてきた。悩むこと自体/悩んでいる自分がいることに何らかの快感を覚えているのではないかとすら疑ってしまう。そんな筈はない……と信じたい。内側からは本当のところは分からないが。

 気を抜くと何かを考えている。悩んでいる。さらによろしくないことに、疲れていると、それらに適当に答えを出して片付けてしまう。他にも考えることが溜まっていて、さっさと消化したくなるからだ。適当な答えを与えたところで、自分が納得できなければ後から自分にリテイクを食らうだけなのだけれど。

 考えなくて済むなら、そんなに楽なこともなかろう、と思う時もある。それでもやはり、気を抜くと思考が回り始める。

 

 

 いつになったらこの思考は止まるのだろうか。

デスストアプデの暇つぶしに

 秋の風が吹いた。少し前に旬を過ぎたばかりの、まだ乾ききっていない葉が風で擦れる音。黄色っぽい、甘い匂い。さらさらと流されていく雲。

 

 実を言うと、今まで生きている心地がしなかった。ほとんどの人に雑に扱われ、自分もまた雑な返しをする。もしかしたら逆で、私が雑に扱うから雑に返されていたのかもしれないが。

とにかく私は、その生活に、人間らしさなど感じられなかったのだ。一定の信号に、間髪入れず返信する社会しぐさは、とてもじゃないけど人間として生きているとは思えない。もうそれは、人間である必要はないとすら思える。余裕/余地/遊びがないコミュニケーションは、ポジショントークに過ぎない。信号を中継する、回路の一部に身を落としているに過ぎない。

 そこに、人としての営みはなかった。

 生まれついての能力が比較的平準化されてきた今日この頃、生まれた後、いかに無駄を省くかが大事になってきている気がしてならない。いかに寄り道をしないか、早く上がるか、人生のRTAをして競っているような感覚にすら陥る。私だって、それは理に適っていると思う。無駄なことは出来るだけしたくない。

そんなことをしている余裕なんてない気がする。何か、得体の知れないものに、せき立てられて生きている気がする。いつからか、「もっと効率よく」「正しく」「賢く」みたいなスローガンが、空気中に含まれるようになった。効率性とか正当性とかが、数値じゃない数値に表されるようになった。

それに魂を売るようになった。何故ならそれに魂を売れば、“正しい人生”みたいな道を歩めるような気がするから。歩めなくても、その責任を自分以外の誰かに押しつけられるから。

 余地のない運営は、有機生命体の本分ではないだろう。無機物の方が適任だ。面倒なことに、私は有機生命体として生まれてしまった。部品の取り替えのききづらい、タンパク質の塊として。それはしょうがない。取り返しも付かない。ならば、私は無機物ではなく有機生命体として生きなければならない。余地が許される存在として、余地を愛し、余地とともに歩んでいかなければならない。

無駄を排除しきったシステムの運営をするには、まだまだヒトは未熟だ。この世すべての知どころか、運営に最適なイデオロギーすら語り尽くせていない。何ならまだ性別なんて初歩的なところで躓いているくらいだ。そんなものをゆうに飛び越えられないで、何が効率化だ。

 認めなければならない。まだ私は未熟だ、と。余地のない運営をするには時期尚早だ、と。

 そして、愛さなければならない。無駄を。余地を。

 何だか無駄に長くなってしまったような気がする。何が書きたかったのだっけか、ええと。

 

 私の師匠は、ちゃんと物を考えて喋る人だ。適当に喋れば、もっと上手くペラペラと喋れるはずのところでも、立ち止まって考えて、喋ってくれる人だ。言葉を丁寧に編む人だ。

私は、師匠のそんなところが許せなくなるくらいに好きだ。もっと適当に生きてくれないとこっちが困るというのに、それでもやはり師匠は丁寧に言葉を発してくる。出て来るひとことひとことが、上品に光っている。

電話をしても、それは変わらない。適当なことを言うくらいだったら、考える時間を挟みながら、黙って時々立ち止まりながら、丁寧な言葉を投げてくる。

私はそれを聴いてから、(本当にこの人には敵わんな)と思いながらヘラヘラと返す。まだ相手の時間を奪ってまで考える/考えて答えを出せる自信がないから、自分に出来る最速で応える。

そしてそれを、師匠はかみ砕いて、解釈して、また応えてくれる。

 人間らしい営みが出来ているような気がした。丁寧に、相互に干渉し合えている気がした。私には、それがとても幸せなことに思えた。

 だって、自分より頭のいい人が、圧倒的な知性で語ってくれるのだ。こんなに幸せなこともない。わざわざこちらが下がる必要もない、何故ならあちらはもっともっと上にいるのだから。

 ある友人に言われたことがある。

「それはもう信仰だ。宗教だ。」と。それはその通りだ。自分を救ったものをも信仰できないなら、その他に信じるべきものなんてどこにもないだろう。

 師匠は私を救った。ならば崇めたっておかしくはない。神様にしてはあまりに俗っぽい人だけれど、それでもたまに、腹が立つくらいの神性を帯びるのだ。そうして、私の心を平気で捌いてから、どこか遠くへ歩いていく。そう考えたらやっぱり許せなくなってきた。何なんだ、あの人は、と。

 師匠の悪いところは、私なんかも丁寧に扱ってくれるところだ(そんなことを言うと“なんか”とは何だと怒ってくるのも悪い)。怒れない私の代わりに怒ってくれるところだ。いちいちいい文章を書くところだ。

私は師匠のそういうところが許せなくて、悔しいけど、好きだ。

旅行から帰ってきました

 いえね、書きますよ、私は書かなきゃいけない人間らしいので。ええ、ええ。書きます書きます。落ち着いたら。

 

 私は知っている。流石に知っている。

他者と関係する中で、大人がするべき対応というものを。相手に乗っかるコミュニケーションしか出来ないけども、それでも私にしてはまあまあ出来るようになってきた方だと思うのだ。

 私にとって、コミュニケーションは型を学んで当てはめていくようなもので、高校の時にひたすらチャートを解いていたのも似たような行動原理による。

だって型は踏み外さないための機構だから。型は、不正解を出来る限り除外して、消去法で正解を勝ち取る方法だ。私には、自力で正解を導けるほどのかしこさも器用さもないから、そうやって不正解っぽいものを能動的に潰していくしかない。

 最終的に純度100%の正解を残すために、不正解を選び続ける人生であった/ある、と言える。

 

 私には、それを正解なのか不正解なのか判別するだけの尺度はない。ただただ後腐れの無いように、「少なくとも」不正解では「なさそう」な行動をすることでリスクを回避することしかできない。

 だから、私はあの時どうすれば良かったのか未だに分からないのだ。日の射す時間に生じた不自然な沈黙と、目を向ける度に、こちらをジッと、穴が空くくらいに見ていた景色とに、どのような答えを出せば良かったのか。

 層になったレモンスカッシュは、空間に酸素を少しだけ足してくれた。美味しかったなぁ。

 あの時考えたのは、やはり正解は何か、ということだ。動作の回数を制限された中で、何が出来るかを考えた。空間に漂うそれらの意味の、正解は何かを考えた。

少なくとも正解ではなさそうなもの全てを消去していく作業を、頭の内で行っていた。アイスコーヒーを吸いながら、私の頭は忙しなく活動していた。

 そんな中で私の出した答えは、

「知ってるでしょう?私はコミュ障なんだから、あなたが何か話してくれないとこのままですよw」だった。これが精一杯だった。

 

 市バスを使いこなそうとする試みの内に、私の左手は遊び道具になっていた。ぐにぐに、むにむに、と、麺が絡まっていた。

 私には主体性がない。ええ、ええ。その通り。おっしゃる通りです。何故なら私は不正解を踏み抜く度胸がないから。不正解を踏み抜いた後のことを考えたくないから。責任を負いたくないから。

だから信頼できる相手にはすべてを委ねるのです、そっちの方がきっと、正解に近いだろうと。

 その内、麺の絡まりは深度を増していって、私は何も考えなくなった。私の思考回路では、そこに漂う文脈を紐解けない、と。諦めたのだ。

 

 そして残された答えは、「許しません」だった。ヘラヘラしていて調子に乗りがちな私にしては珍しい答えが残った。私は決めた。許さない、と。最も尊敬している人間のひとりを、尊敬しながら許さないことを決めた。

 そう決めてから、心は分かりやすく痛んで、帰り道では馬鹿みたいに涙が出た。

 

 

 私を知る知り合いは、この決断がどれだけの意思を孕んでいるか分かるだろうと思う。尊敬する人を、はっきりと/時にこっそりと、盲目的に崇拝しがちな私がこの決断をしたことに、違和感をおぼえるだろうと思う。

かくいう私もその決断に戸惑っているくらいだ。ただ、それしかとれそうな行動がない、と私は判断した。

 感情適応調整の壁を突き抜ける程の感情に、苛まれた非日常だった。

世界はそんなに都合良くない

 実際のところ、前よりは良くなっているのだ。何もかも。

 

 その上で、私は絶望の濁流に呑み込まれただけの話で。

 前よりは何もかもが良くなっていて、前よりは未来に対する投資の利回りだって良くなっている。

だけど、それだけ。それだけだ。

 

 人生をこれ以上上向きにするために必要なリソースが、余地が、もう今の私にはなくって、つまりは「打つ手なし」という訳だ。

 

 想像しうる、ポジティブなルートの全てに黄色いテープが張り巡らされていて、その先に進めなくなっている。

曖昧なのが嫌いで、拒否反応を起こしてしまう体質から白黒はっきりつけてきた私の視界には、曖昧なままの可能性はどこにもない。

 どうせ駄目なら、その時になって駄目だと分かって絶望するよりは、あらかじめ駄目だと知って期待しないでいた方がダメージが少なくて済む。

 私は、想像しうる絶望を心臓がびっくりしないようにと先取りし続けたせいで、現在価値に翻訳した絶望を、他でもないこの今、まとめて背負う羽目になっている。

 勝手に期待して、勝手に裏切られたことで傷を負うことの責任からすら私は逃れようとしている。

だから、絶望をあらかじめ予想しておいて/はっきりさせておいて、期待しないことで、期待を裏切られて傷付かないようにしている。改めて考えると、ただの臆病者で小心者だなぁと自分でも思う。でも、ちっちゃい私の心臓は、とつぜん現れた絶望に耐えられない。

 じっさい、今まで目の前に現れた絶望たちのことごとくに私は敗れ去り、その度に心電図の揺れ幅は小さくなっていた。

 だから、そう、これは必要な措置なのだ。嫌いな物は先に食べておく。そうすれば、リスクを抑えられる。その代わり、今背負うものが重くなるけど、どのみち背負わなければならない絶望であることに変わりはないのだから、仕方がない。

 

 私は過去現在未来すべての絶望を、今観測して、今背負って、今絶望している。先送りせず、今認識している。生きるのが下手だというほかない。

 

 どうせ自分には持続可能な幸せを手に入れられるだけのスペックなどない。突発的に幸せが発生しても、私はそれを持続させられない。幸せに永遠はなく、次にいつ来るかも分からない。なんならもう来ないかもしれない。

 期待するだけ無駄だと思うくらいの試行回数を経て、手放しに期待しないようになった。だけど、もしかしたら、その根拠のない期待は希望だったのかもしれない、と、絶望にまみれた私は思うのだ。

もう素直に期待できなくなった今となっては手遅れで、もうどうしようもないけど、そう、思うのだ。

 そんなことにも気が付けなくて、気が付けなかったことで今を回避できなかった私にとっては、もうそれは希望にはなれず、絶望にしかならないけど。

 

 やることなすこと全部間違ってきた私は、きっとこれから先もすべて間違えるのだろう、と。そのことが情けなくて、どうにも、悲しい。

日記

 牛歩かってくらい進むのが遅い。

 

 やっぱり無駄にした20年ちょっとにまだ未練があるようで、うじうじと悩んでいる。

いつになったら私は大人になれるんだ、いつまで私はガキなんだ、と。周りはみんな大人になっていっているのに、それに比べて私は…と。

そりゃあ友人関係でも付き合って/合わせて“もらっている”感覚がつきまとってくる訳だ。対等に思える相手が、実は私のレベルまでわざわざ降りてきてくれている。気が合うと思った相手が、実は私に無理矢理合わせてくれている。

一度始まった思考は止められない。私は未だにおこさまで、周りはどんどん大人になっていく。この状況に納得のいく説明をどうにかこじつけないと、私の走り出した頭は止まらない。

思うに、一番身近にいた大人───つまり親だが───は、今関わっている同年代の知人たちよりずっと、ずうっとガキなのだ。やっぱり、物理的に距離を置いて正解だったと思う。しかし、当然、そんなガキに育てられた私はもっともっとがきんちょで、つまり私はどうしようもなく子供のままなのだ。

どうすれば大人になれるか、と、答えを探して地上を彷徨う生き霊と化した、子供。

 もちろん、わかりやすく一発でどうにかなる答えなんてどこにもなくて、だから私は未だにガキをやっていて。ああつまり、今私はどうしようもなく自己嫌悪に陥っていて、自分が恥ずかしくて、消えてしまいたくなっている。

 鬱の時に思考が止められなくなったら、それはもうおしまいということだ。思考はどんどん回り、加速し、容易く死の概念に追い付いた。他に何も取り得のない自分が、大人にすらなれないのなら、私に価値はないじゃないか。

 子供の癖に大人ぶって余裕ぶって、そうすることではじめて周りの人間と対等“っぽく”振る舞えるのだとしたら、そこには既に無理が生じているのではないか。

自分が対等でありたい人間は、自分がそう思うのも烏滸がましいような存在なのではなかろうか。

 私は、子供っぽい/大人らしくない行動を、それとは自覚せずにやってしまうような子供で、生きているのが恥ずかしくて、死にたくて、仕方がない。

ちょっと前進しましたよ、というだけの

 きっちり封をした部屋、一方的に流される情報の海の中で微睡んでいた。

 

 逃げ出してから半年くらい経って、私はようやく自我を手に入れた。

20年を無駄にした末に掴んだそれは、私にパラダイムシフトをもたらした。目玉が吹き飛ぶくらいの打撃が後頭部を襲った。

何もかもが分からなくなって、今までの全部が嘘みたいに思えて、久し振りに文字を読めるようになった。映画も、アニメも観られるようになった。孤独の楽しさに、負け惜しみではなく気が付いた。

 

 それはいいことなのだと思う。真実に辿り着けた、何かを楽しめるようになった、よかった、よかった。

 でも。やっぱり20年を無駄にしたことは心に重くのしかかってくるのだ。20年を短いと思えるまでには私はまだ成熟していない。これから20年かけて、無駄にした20年を取り戻していく作業のことを思うと、流石に嫌気が差す。

周りにいるのは、真っ当に20年を積み上げてきた人間だらけで、引け目を感じる。

 そのうえ、私は20年遅れただけではなく、嫌になるほどどっさりとデバフを積まれてしまった。

 ああもう、考えるだけで吐きそうだ。だけど考えない訳にはいかない。この身体は、勝手にそういうことを考えるように出来てしまっている。回る、回る。脳味噌が、遠心力で片寄ってしまうくらいの速度で回る。耳鳴りみたいな音がする。喉から腫れが洩れてくる。

 工夫すれば、生きることがこんなにも、負け惜しみ抜きに楽しめるだなんて今まで知らなかった。みんなやせ我慢をして、楽しいように振る舞っているのかと思った。そんなに楽しい訳がない、とも。

 工夫する方法は、戦術はわかった。

ただそれを活かすには、都合のいい地形と資源が必要なのだ。みんな当たり前にそれらを持っていて、当たり前にそれらを行使していた、というだけの話で。

 今の私にあるのは、前よりちょっと都合のいい地形だけで、ほかにはほとんど何にもない。だけど成功率が0%ではなくなった、というのはかなり大きいと思う。というかそういう風に思わないとやっていられない。

 

 嵐が来て、私に強い痺れと深い鬱を刻んで去っていった。起き上がるのもひと苦労。

でもその嵐は、私の命を奪うことまではしなかった。中途半端に嫌がらせをしていった。本当に嫌な奴だ。

 そういう訳で、私は今鬱の底にいるのだけれど、芽生えた自我を使って人生を歩めるのはこれから先しかないのだ、という強迫症めいた衝動も同居している。

 その二つを矛盾なく、分離させずにくっつけておくためには、やはり酒の力に頼るほかなく、喉の腫れが悪化するくらいの酒をあおった。

 

 結果として、喉は痛くて身体も痺れているけれど、ちょっとだけ生きてみようかな、と思う私が残された。

 貧乏性だから、せっかく手に入れたものを活用しないまま手放してしまうのはどうにももったいなく思ってしまう。だから、貧乏くさく、私は今回の収穫物を齧ることに決めた。