生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

だくだく

 正確には、死にたいんじゃなくて、生きられない、んだ。自分に長所はなく、友達すらいない。家族はもう限界で、ほとんど介護のようになってきた。現に私は既に介護疲れを起こしている。やりたかったこととやれなかったことと、出来たことと出来なくなったことが混線する。思考。生きるための思考に割くリソースが削られていく。栄養失調、体調不良、栄養失調。生きるのは大変だ。

 吐き気がするのに何も吐けない。胃に固形物がないからだ。新しい眠剤は効かない。思考をグチャグチャにするだけして、眠気も一緒に攫っていく。

 何を話したっけ。何を話せばいいんだっけ。そんなことすらわからない。話すのは何度目だろう。あるいは話していないのだろうか。記憶なんてどこにもなくて、私は毎秒更新され、消えていく。

 何の話をしていたんだったか。

 私は死にたいというよりは生きられないのだ。生きるために必要な能力も資産もない。ヤケクソに貯金を全部使い切った。昔自殺を止められた時に「口座に金がある内に死ぬのはもったいない」と止められたのを思い出した。だから、使い切った。もはや全財産で縄を買ったり樹海へ行ったり出来るかどうかもわからないくらいだ。だけど生きられないのだから仕方がない。飛び降りか、飛び込みか。立地的に電車は少ないから、多分飛び降りだろうな。ぐしゃり。

 

 疲れた。私は十分頑張った。もはや別れを告げるべき友人はいない。

 何も出来ない。でも生きている限り何かしなければならない。

記憶障害の脳味噌の中で、思考は流転する。

 私を救えるものなんて、どこにもない。

眠れない癖に、身体は起き上がれないくらい疲れ切っている。生きるのに向いていない。

 月曜日から再開する社会。休暇が足りない。体力と精神力が足りない。ちぐはぐに悲鳴を上げる筋肉たち。

 前までは、何か生きるための希望のような、楽しみにできるようなものがあったけど、今となってはひとつもない。あるのは苦痛を伴うタスクのみ。

 収入ゼロで貯金ゼロ。友達ゼロで能力ゼロ。つまんなすぎて面白い。笑えないけど。

 

 自分が大丈夫じゃない時、人は自分に大丈夫?と聞いてくれる。大丈夫以外の答えは受け付けないだろうに。大丈夫じゃないって言ったら、毒にも薬にもならない会話が始まるだけじゃないか、と思う。茶番。定型世界がわからない。

 

 疲れた。疲れた。疲れた。Twitterだと、botに捕捉されて迂闊に呟けない言葉。疲れた。

 安楽死できる程の金どころかSuicaにチャージするだけの金すらない。老後2,000万なんて夢のまた夢。死は福祉。求)確実に死ねる方法。譲)は……私の残り少ない全財産とかくらいしかあげられないけど。

 眠剤が効かないまま朝を迎えそう。頭がぼやける。

 全身が疲れている。何回書いたか覚えてないけど、全身が疲れている。

 

 何があった/なかったか、私にはもうわからない。現在を通り過ぎて過去になったものは全て自動で消去される仕様。現在以外はすべて虚構。わからない。知らない。分かりたいなら「1」を、それ以外の方は「3」を。グチャグチャ。スクランブルエッグ。コーヒーの染みが残る雑記帳。死にたいを因数分解した雑記帳。そのページは破って捨てた。今となってはもう、何が書いてあったかも分からない。

 グルグル、カラカラ、電気信号が音を立てて回る。読み返す体力なんてある訳ない。推敲なんて以ての外。

 スイッチを切るように、私も生を切りたい。息が切れてきた。横になっているだけなのに。苦しくなってきた。吐きそう。吐くものもない癖に。

 何も分からないけど、これだけは分かる。私はもうおしまいだ。

思考の氾濫

 分かる。自分の脳味噌では必要な思考に辿り着けないということを。能力が不足しているということを。

分かった。今までの人生は、その不足によりうまくいかなかったということが。

 

 

 現実の私を知る人には信じられないことかもしれないけれど、これでも私は常に最善を尽くしてきたつもりではあるのだ。いや、自信を持って言える、私はその瞬間の私の出来る範囲に置いて、最善の選択をし続けてきた、と。

 だから、現状以下のifはあっても、現状以上の可能性はない。この現状が、今の私が選べる中で最も良い結末だった。失敗も成功(そんなものはなかったが)も、すべて起こるべくして起こったものだ。

 最善よりも善いものはない。最善を尽くしてきた私には、“これ以上”なんてどこにもなかった。

 

 私に何が起きたか?私が何をしたか?

曖昧なままにしてきた現実が明確になった/現実を他ならぬ私が明確にした。

 私は曖昧だった“どこかに救いがあるかもしれない”を、“どこにも救いなんてない”と認識し直してしまった。0じゃないかもしれない、を、間違いなく0だ、と定義付けてしまった。

 

 隔絶があった。細い綱の上を渡るような不安定さを孕みながらも、それは間違いなく“隔絶”であった。それでも、断絶ではなかった。少なくとも、私の中では。

 終わりから目を逸らし、先延ばしにし続けた。結果、続いているかは分からないけれど、終わってはいないだろう、という思考が生まれた。そこに救われていた。どんな精神安定剤よりも救われていたのだ、と今なら分かる。

 だけど、状況が明確になった瞬間、意識的に目を逸らしてきた疑問が湧き上がってきた。「私は、社交辞令を抜きに誰かから『関わりたい』と思ってもらえる程の人間なのか?」と。

その疑問が湧き上がってきた途端に、処方されたセルトラリンの用量では抑えきれない程の鬱に襲われた。久し振りに悲しくて泣いた。全身に張っていた何かの糸が一斉に切れたかのように、全身から力が抜けて、ただ立っているだけのことも出来なくなった。しばらく立ち上がれずに、地面に座り込んでいた。

 私は無価値で無能でつまらない人間なのだという結論に至った。数えていないから何回目なのかも分からないけど、また至った。気が付かない振りをしてようやく生きていられるものを、意識して忘れようとしてきたけれど、今回とうとう限界が来てしまった。

 

 これもまた何度目か分からなくなってきた、「あ、死のう」がポップアップしてきた。家族以外の他人に迷惑をかけることはしたくないから、入っている予定を全部終わらせたら。

この思考プロセスも何度目か分からない。既視感はある。私は同じ思考を何度も懲りずに繰り返す。

 今が最善で、最適だから、私が今以上の幸せを得ることは出来ない。これ以上の努力は私には無理だ。ならさ、もう死ぬしかないじゃん、と。

 息をするだけで疲れるのに、その上社会をやらないといけないなんて、私みたいな非定型には無理。

 

 そう考えると、本当のきっかけはもう少し前にあったのだと思う。

 目が覚めたら知らない場所にいて、すべての服を脱がされていて、友達だと思っていた人間が全裸でこちらを見下ろして笑っていた時。

あぁ、何も分からんわ、私には理解できん、やってられん、となった。定型の人の真似をして、定型の人っぽく生きてきたつもりだったけど、やっぱり自分はどうしようもなく非定型の出来損ないなのだ、とその瞬間に理解できてしまった。“理解できないこと”を理解した。

 

 分からん、何も分からん。自分が一番好きな友達は自分のことを嫌っているだろう、ということしか分からん。

 全身が痛む。痺れる。疲れがとれない。頭が回らない。内臓の調子が悪い。声が出せない。

 友達といる時に、家族から鬼のように電話がかかってきた恐怖を思い出す。メールでいい用事なのに、そんなに電話を鳴らす神経が理解できず、電話を切り続けた時の恐怖を。知人から「よく友達と楽しく電話をしている」という話を聞く一方で、自分は口を利きたくもない相手からの電話に対応しなきゃいけない理不尽さ。

私は、自分自身が相手にとって「口を利きたい相手か、口を利きたくもない相手か」で分類すると後者である自覚がある。だから誰にも電話していないのに、身内はどうしてそんなことも考慮せずに電話出来るのだろう。やっぱり定型は分からん。

 

 

 何も分からん。手が痺れていることだけが分かる。

備忘録?とりあえずのメモ

 未練の残る青春を形容する台詞として、『始まる前に終わっていた』というものがあるけれど、そんな訳はない。終われることができるのは、既に始まったものだけだ。始まりと終わりの関係性が反転することは、それら自身の性質上ありえない。

 だから、終わったということは、同時に“終わる前に”始まっていた、ということで。変数はそれらではない。そこにはない。認識者/思考者たる私の認識/思考こそが変数だ。意識も無意識も関係ない。

自分に始めた意識がなかっただけで、私は無意識の内に始めていた。

 『始まる前に終わっていた』だと被害者意識が強い。弱者気取りに過ぎる。言い換えよう。

『“間違いなく始まっていたこと”から意識的に目を逸らしている間に終わっていた』と。

 

 

 他の月よりも「何かが始まる」ことに向き、腹立つくらいに底抜けの前向きさを孕んだ月に、それもまた始まった。正確には、その月の二日目に。はじまりにお決まりの出会いを、私もまた経験した。

 当時の私は、まあまあ拗らせていて、調子に乗っていた。調子に乗ってはいたけど、その自覚くらいはあったから、“心の中で調子に乗りながら表面的には調子に乗らないこと”で自尊心を保っていた。我ながら面倒くさい奴だ。

 私は背が小さい。一方彼は背が高かった。私は、彼を見た瞬間に言いようのない劣等感に苛まれた気がする。今思えば、その劣等感のようなものこそが、彼と私との力関係を決定していた。彼は祐希と名乗り、私に社交的な笑いを寄越してきた。

 始まりは、私が彼に対して負けじと社交性を混ぜ込んだ笑みを浮かべた瞬間、定義された。

現状

 何も楽しくない。口角を上げられなくなった。楽しいフリすら出来なくなった。

 

 朝起きるとまず、全身の痛み。それから希死念慮。自己流のリハビリを頑張りすぎて腫れてきた関節が悲鳴を上げ、両の目蓋がピクピクする。

 物を覚えられず、人との関わり方もド下手くそ。身体はまともにうごかせない。

 相談できる人なんて一人もいない。

通院している精神科で「薬を減らそうね」と言われただけで気分が落ち込む。

 息を吸うだけで全身の骨が軋む。

 ベッドから起き上がるのだけでもひと苦労。

 涙は出にくくなったが、一度出てしまうと止められない。止めどなく溢れる。

 

 眼鏡が壊れた。だけど自分にお金はなく、親に言うのも何だか申し訳ない。結局壊れたまま、テープで無理やり留めてそっと使っている。

 

 疲れた。もう疲れた。親が常々私に「全然頑張ってない」と言ってきたから、そうなのか、と思ってたけど、それでも私は頑張ってきた。不器用で要領が悪いなりに、言うこと全部聞いてあげてきた。

 

 その結果がこれ。疲れた。

 

それだけ。

入ったこともない大学の敷地内にある、高い建造物に想いを馳せる

 かなり無理になっている。

 

 いるだけで息苦しく思わない部屋を得た。過ごしやすくはなったのだ。もっと早くここに来られていたら、また違った現在があったのだろうな、と思う程度に。

そう、“もっと早ければ”。もう手遅れだった。私はほとんど全ての意欲を失い、近所にある(私とは無関係の)大学の高さを見て、あそこからなら即死出来るだろうな、入れるかな、行ったことないから分からないな、と考えるようになった。

 身体は動かせたり動かせなかったりする。特に寝起きは動かないことが多い。一生付き合っていかなければならない、という現実を再認識し、嫌気が差す。

 

 例えば、「死にたい」と検索すると、「私たちに相談してください」という具合に相談ダイヤルが表示される。同じことを言うと、周囲の人間はあからさまに引いた目で見てきて、腫れ物に触るように扱ってくる。

でも、相談ダイヤルは私の後遺症も頭のおかしさも、鬱病すらも解決してくれないのは知っている。ただ“傾聴”して、吐き出させてスッキリさせて、問題がなくなったように勘違いさせてお茶を濁すだけだ。「死にたい」を叶える方法を教えてくれないどころか、「死にたい」そのものを否定される。

自分の外の世界に「死にたい」を表明してもどうにもならない、どころか人間関係が悪化することすらある。

 まるで「死にたい」私が異常で、悪なのだと責められているような気分になる。

 

 そうじゃない。私は否定や同情を求めている訳ではない───いや、同情が全く欲しくないと言えば嘘になるが。

具体的な解決策を求めているのだ。

どうすれば身体が動く?

どうすれば人と上手く話せる?

どうすれば以前のように物を覚えられるようになる?

どうすれば金を稼げる?

どうすれば自然に笑える?

 

 もう何もかも手遅れなんだ。こういう疑問を、この歳になっても抱いている時点で、手の着けようがないほど手遅れなのだ。

 この先私が世界の標準線に追い付ける見込みはなく、ずっと追い付けないまま生きていくしかないのだ、と思うと無理になる。

 反生理的欲求を満たせないことへのストレスからか、視界に点がチラつき、瞼はしょっちゅうピクピクする。その度に、生きていたってしょうがない、と認識し直す。

5月10日(金)

 ド鬱の最中にある。

 

 数年ぶりに真面目に生きてるが、虚しい。多分、理由としては努力の変換効率が信じられないくらいに低下したことにあると思う。努力が報われないのだ。

 行きたいところ/観たい映画/やりたいことがあっても、出来なくなった。身体と頭が重く、だるく、常に二日酔いのような体調。出掛けるのに必要な金を稼ぎたくても働ける場所すらない。そもそも人と出掛けることなど一切ないため、出掛けなくて困るのは自分だけ。じゃあ出掛けなくていいか、となって、また出掛けられなかった、と、自己嫌悪に陥るのだ。公開・開催時期が限られているものに行けないまま時期が終わってしまうと、かなり落ち込む。行けなかった/行かなかったのは他ならぬ自分自身な癖に、落ち込むのだ。

 

 いつからか───多分倒れてからだとは思うが───私はそんな毎日を送るようになった。生きるだけで気分がどんどん落ち込んでいくようになり、寝転んでいると勝手に目から水分が出て行くようになった。

 こんなに辛いならさっさと死んでしまえばいいのに、と、何度も自殺を試みた。首吊りは駄目で、飛び込みも迫ってくる電車の頭に圧倒されて出来なくて、飛び降りは立ち入りが制限されている屋上が多くて出来なかった。ODする程の薬のストックもなく(多分医者がOD防止のために処方量を制限している)、毎日泣きながら生きることしか出来ない。

 私が生きているより、死んだ方が喜ぶ人間が多い気がする。というか前者はひとりもいないと思う。

 午前三時頃に目を覚ます度に、まだ死ねていない自分に嫌悪する。眠くても寝直せないために、時間になるまで思考の渦の中で耐えるしかない。

 

 何で自分はこんなにも無価値でつまらない人間なのだろうと考える。涙が溢れて止まらなくなる。この先生きることを考えられなくて、生きるための行動が出来ないでいる。生きるためにやらなければならないことを出来る気がしなくて、死ぬことしか考えられなくなる。

 

 推しに会った後、生きたいと思うのは、幻想だ。一時的に生きたさが0から1以上になることからくる、バグだ。その幻から覚めて、現実に向き合うと、その“生きたさ”は生きるのに必要な努力や鬱によって塗りつぶされてしまう。躁の後に鬱にたたき落とされるような感覚で、いつもよりもひどい鬱に襲われる。

 

 Twitterの使い方が変わった。知人のツイートを直視出来なくなり、知人のツイートから目を逸らしてツイートするようになった。知人が私のことなんか全く見ていない/認識していないということを分かりたくないから、それを分かっていながら分からないふりをして呟くのだ。

 

 

 吐きそうで吐けない気持ち悪さ。眩暈。頭痛に眼痛。生きているのがただただしんどい。

現実をぼかす

 今日も今日とて酒を飲む。

 

 

 酒に弱い自分は少量のアルコールで頭をぼやけさせることが出来るからちょうどいい。徒歩2分圏内で手に入る、安価な酩酊物質。

睡眠薬とは併用しないように気を付けている。かの借金玉氏でさえ、アルコールと睡眠薬との併用に依存し、ボロボロになった過去があるらしかったからだ。心の弱くない自分が迂闊に手を出していいものではない、と、そこには線引きをするようにしている。

 

 飲みながら、録画しておいたねほりんぱほりんホスト回を繰り返し観ていた。

私もこんな風に我を忘れて遊んでみたいな、と思いつつ、自分の弱さではその遊びの代償に耐えられないだろう、とも考えながら。私がそういう遊びに手を出すようになったら、イコール(現実逃避して)希死念慮に身を任せていると考えて構わないと思う。

 ホストに通う人々の話を聞いていて、共感した部分がある。

「どうして相手が自分に付き合ってくれているのかが本気で分からない」「ホストみたいに“お金を払っているから”付き合ってくれているのがハッキリしている方がまだ理解できる」

そう、それそれ、と思った。男女問わず、相手が自分に付き合ってくれている理由が理解できた試しがない。それなら、お金という目に見えて分かりやすい尺度があった方が理解できる。

 

 だからこそ、なのだと思う。

私は友達すらも分からなくなった。恋人や伴侶なんてもっと分からなくて、私はそれらをぼんやりと“友達の上位互換”のように考えている。だから、恋人/結婚さえ出来れば、友達がいないということをカバー出来るのではないか、と考えてしまう。

だけど多分、ここまで書いていて思ったけど、仮に恋人や伴侶が出来たとしても私は今と変わらず悩むのだと思う。「どうして自分と付き合ってくれているのか」をまた悩むのだと思う。

 私はきっといつまでも、「どうして相手は自分と付き合ってくれているのか」と悩み続けるのだろう。自分に価値が見いだせないまま、そんな無価値な自分に悩んだまま、苦しむのだと思う。

 風俗に行ってしまおうか、と考えた。ホストのように思考を停止してお金の関係だと割り切れる場所に。私にはお金がないから借金することになるだろう。だけどもしかしたら、そこでなら、救いが得られるのかもしれない、と。

 

 

 脇目もふらずのめり込める何かを探している。自分を犠牲に出来る何かを。

それは友達じゃ駄目だった。自分を犠牲にして友達と付き合うのは重すぎた。恋人も駄目だった。単純に、恋人が作れない、という理由で。当然伴侶も駄目だった。

 私は今、好きで江口を追っているけれど、どんなに追いかけたって江口には触れることすらかなわない。それならば、やっぱりホストに通い始めてしまおうか、という思考に至ってしまう。