生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の備忘録

ディストピアは最高だぜっておはなし

 そもそもSF自体がジャンル問わずめっちゃ好きです。“こういうのがSF!”みたいなきっちりした縛りが無いのも好き。

 

 最近ディストピアブームも去って、次のブームに突入しているようなのですが、やっぱり私は今の流行りであるところのファーストコンタクト物よりはディストピア物が好きです。オタクを拗らせているので。

 

 何でディストピア物がこうも人の(というか私の)心を惹きつけるのかと言えば、

「その本文から漂う言い知れぬ退廃的な空気」と

「今自分が生きている社会が(過去から未来の間の)どこかで道を踏み外した場合のif」

を描いているからだと思っています。

 後者は、つまりそれが「単なるたとえ話である」ってことなんですけど、単なるたとえ話にしては今の社会と繋がっている部分があったり、行きすぎるとそうなってもおかしくないと思える箇所があったりで、

パラレルワールドを(何の犠牲も払わずに)覗いている気分になれるんですよね。そりゃ読んでて楽しくもなる。

 というかそういう世界は端から見ればディストピアなんですけど、内側の人間にとってはユートピアだって側面もあるようなので、内側の人間の立場になることに私は魅力を感じてしまいます。そこも含めて好き。

 だから、ちょっと賢くなった大学生辺りが「最近上と下の格差が開いてきてる(から直した方がいい)」とか言ってるのを見ると

え~~~?何でよ、最高じゃん~~~とかも思ってしまう。

その人にとっては格差の拡大は回避すべき事項なんでしょうけど、私にとってはそうは思えないのです。

 このことについて本腰を入れて語り始めると、収拾がつかなくなりそうなので簡単にまとめます。

 

 前にもどこかで書きましたが、そもそも完璧に平等な社会なんて今の人類には無理だと思ってます。もっと(ザシュニナ的に言うところの)正解に近付いた人類であれば可能かもしれませんが…。

 少なくとも今の時点での人類は、何かしらの格差の中じゃないと生活できないと思います。すばらしい新世界的な。

 誰も彼もがリーダー的資質と自立心を備えていて、必要最低限の物しか求めず、必要な物を得るだけの財を保有しているならば(そして更に自給するだけの設備を整えていたら)そりゃ格差はなくなるし……。でもまぁ……うん、今は無理ですよね。

 誰かに導いてもらわなければならない人間が存在する時点で、やっぱり格差は生まれてしまいます。それは差別とかではなく、区別としての話。

 今の人類は不完全で、社会を形成しないと生きていけない。不完全を補うために、誰かから力を借りる必要がある。

 だったら、と、その需要と供給を完全に、過不足なく一致させるためには、需要と供給のマッチングが必要になる。

 我々はテレパシーが使える訳ではないので、それが自分の周りの人間とマッチング出来ない場合は携帯だの何だのを使って需要を補ってくれる人・モノ・サービスを探します。

 じゃあそれを完璧に、効率的に合致させるにはどうすれば良いかと言えば、何らかの上位存在に社会を管理してもらうしかない。それは人である必要はなくて、AIでもいいし、システムでもいい。もしかしたら地球人より高度に発達した文明を持つ異星人かもしれない。

 というかそこまでぶっちぎらなくても、上流には上流の、中流には中流の、下流には下流の、それぞれその階層にしか出来ないことがある。

 今の社会に存在している格差?は、経営学で言うところの「分業と調整」を横ではなく縦に伸ばしたために生まれたものだと思っています。

 そして、分業と調整は、不完全な生命体の集団を合理的に運営していくためには必要な機構なんです。

 完全な生命体であれば、自分で需要と供給を満たせるし、社会も形成しない。だって必要ないもの。

 人間が社会を形成する限り、人と関係性を持とうとし続ける限り(マーリン絆ボイス並感)、横のみならず、縦の分業は根絶されないと思う。

 

 格差を明るく捉えるためにも、今の社会のifをエンタメとして楽しむことは良いと思います。

 

 ディストピアSFはいいぞ。