生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の備忘録

好きだった物に楽しさを見いだせなくなる度に思い出す、二度目に死にかけた時のこと

 えふごに楽しさを見いだせなくなってきた(前記事)。ちょっと重い話になるかもしれないので注意です。

 

 一度目は去年の夏。幽体離脱して、三途の川も渡りかけてたみたいですね。記憶がないのですごい他人事みたいな書き方になってしまいます。

 二度目は今年の春?かしら、私の記憶が正しければの話ですが。その頃も人知れず死にかけていました。

 

 二度目の話です。半年程経ったしもう話してもいい気がしてきたので整理も含めて書き殴ります。

 当時は病院に行く体力すらありませんでした。復学直前なのに、起きあがるのすらしんどかった記憶があります。

春といえどもまだ寒い時期で、半身が寒くて寒くてたまらず、いくら暖めても寒気が治まらなかった記憶もあります。というか最近でも9/15~寒気を感じるようになりました。残暑なんてなかった。

物覚えが悪いことに苛立ちと焦りを感じていたような気もします。本当にしんどかった。

 その頃に襲われたのは、「復学するまでには命を絶たねばならない」という謎の義務感でした。

今は便利な時代ですね、外に出なくたって縄は買えるし結び方や吊り方だって調べられるし。それでもやっぱり規制はされているのか、今年に入ってすぐの頃に見つけた、方法を記していた記事は削除され、新たな記事にコピペされていました。

 準備を整えて、知り合いのひとりに手紙も送りつけて。知り合いが気が付いて手を打つまでには決行しなければ、と自分を奮い立たせるための手段でもありました。

 親が出社してはすぐ設置して、吊って、失敗して、を5日間くらいは続けてたんじゃないかな。その間に復学ガイダンスも終わっていたのもあって、余計に成功させなければ、という気持ちも強まっていました。

 失敗を繰り返して、血中酸素濃度が低くなりしんどくなって寝ていた間に、手紙を受け取ったらしい知り合いが手を打ちに来ていたようでした。まさか実家にまで来るとは思わんかった。

 起きて、親が帰ってくる前に玄関に吊してあった縄を撤去しようとしたところでポストに投函されていた手紙に気が付いて、その手紙で知り合いの来訪を知りました。何回も読んで泣いたような記憶がある、って書いてたら泣けてきた。

 慌ててLINEの通知やら何やらを見たら色んなSNSの通知が溜まっていて。取り急ぎわざわざ実家にまで来てくれた知り合いには返信しました。そしたら食事に誘われて、他にも心配している人たちがいるから呼んでもいいか、と問われました。

 当時は復学するまでに完遂しないとなのに、と焦っていた気がします。食事イベントをさっさとこなしてさっさと決行しよう、説得なんて絶対聞かん、とも思っていました。予定が立ったのが翌々日だったので、1日持て余しました。ちょうど貯金を全部使い切ろうキャンペーンの真っ只中だったので、最期くらいオシャレしたいと思い空いた1日にネイルをしに行きました。

 その翌日、多分家族以外の人に会ったのは演奏会とか以来のことだったんだと思います。家族以外の知り合いの姿を見ただけで、謎の申し訳なさに襲われて帰りたさしか感じませんでした。

 細かい内容は覚えていませんが、「貯金を使い切るまでは生きろ」「推し(に限らず追いかけているコンテンツ)はどうするの」とかは言われたような気がします。バカ正直にその言葉に沿って今まで生き延びてきてしまった感はある。

 今でも、生きようと思って生きている訳でも死にたくない訳でもないので、どこか他人に迷惑がかからないところで事故に遭ったり病気が再発したりしないかな、とは思っています。なんやかんや当時買った縄もまだ部屋にある。結び方は忘れました。

 だからこそ、というか何と言うか、ハマっていたコンテンツに楽しさを見いだせなくなる度に死に近付いていくような感覚があります。

 

 多分精神的な病気なのだと思います。以前から頭おかしい自覚はあったので予防線は張っていました。まさかそれが脳出血のフラグになるとは思いませんでしたが。

 色々自分で調べて、自閉症なのではないか?というところまで調べることは出来ましたが、学校が始まってしまったのもありなかなか行けません。というか自閉症を診断してくれる病院が見つからない。

 

こまったこまった。