生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の備忘録

出来心から吐いた嘘はデマになりうる、という話

 TwitterみたいなSNSを創作物の中で描写しているところです。Twitterではない。

 

 記憶が正しければ、以前記事で「嘘松」について書いたような気がしますが、それにちょっと関連して。

 

 最近特に、TwitterをはじめとしたSNS上で流れてくる情報の信憑性を疑うようになりました。何の裏付けもなく、バズりたいがために流される信憑性の薄い情報(いわゆる嘘松)とかのせいです。

 

カズオイシグロさんが番組で

「創作は真実ではないけど、だからといって“嘘”という言葉で表現したくはない」

という発言(うろ覚えなので多分細かいところは違ってます)をしていたのを聴いて、

嘘松ツイートもそのような創作物のひとつであると考えて楽しめばまぁいいんじゃないか……?という気持ちにはなりましたが、人によってはそのツイートを額面通り受け取りそうだなぁと思うといかんともしがたいですね…。

 

 そういう創作ツイートを娯楽として流す人、娯楽として受け取って楽しむ人だけなら多分平和に終わるんでしょうけど。現実には悪意を持って嘘のツイートを流したり利用したりする人や、嘘のツイートを真実だと思い込んでしまう人もいると思います、というかいない訳がない、とすら思って利用しています。

 

 悪意を持って流された嘘ツイートは、いずれは嘘を真実だと思い込んでしまう人々の手によりデマへと昇華してしまいます。だからこそ、そこの境界線が肝要だと思うんです。

 

 創作ツイートを娯楽として楽しむには、嘘を嘘だと見破った上で(何かこういう事を言ってた人昔いましたね)楽しめる人のみで構成されるSNSでなければならない。それが一昔前の2ちゃんねるとかだったんでしょうかね。

Twitter2ちゃんねるとは違い、名前が付いて匿名性のないSNSと思われがちですが、やろうと思えばなりすましだって出来てしまう匿名掲示板と同じようなものだと思わなければならないと思います。

嘘を嘘と分からない人でも簡単に利用出来てしまう敷居の低さが裏目に出てしまっているのかもしれない。一昔前の2ちゃんねるはROMるとかいう文化もあって住人は洗練されていた印象でした(最近はまとめサイトとかから来る情弱とかの存在もあって荒れてるような気がする)。

 

 今運用されているSNSについて考えていると、どんなSNSが自分の創作世界の中では必要とされるのかの考察にも繋がって楽しい。

なお進捗は駄目な模様。