生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の備忘録

13~16日のどこかで。

 書きため用記事です。
 書き忘れを思い出す度に書き加えていく感じで更新していきます。英文チェックにかける体力も無いので日本語で。

 頭が悪くて自尊心が強く、よく言えば倹約家、悪く言えば貧乏性で顔は普通でコミュ障で、生真面目な男と
浪費家で浮気性でメンヘラだが、頭が良くて顔とスタイルはよくコミュニケーション能力も高い女
の子供、上手く行けば頭と顔とスタイルがよい上にコミュニケーション能力も高くなる筈ですよね?上手く行けば。

 でも上手くは行きませんでした。両者の悪いところを引き継いだ上に、両者には無かった障害を抱えた子供が産まれました。

 両親は子供がそれ程大きくない時から頻繁に喧嘩をするようになり、母親は男を作って出ていきました。以来、家では父親が子供に物理的・精神的な暴力を振るうようになりました。母親が包丁を投げてきたりフライパンで殴ってきたりするのから庇ってくれた父親はいなくなりました。
父親の独り言も増えました。私がいようとお構いなしに独り言を大きな声で吐くようになり、稀に「セックス」だなんて呟くようになりました。子供がいる場所で。

 小さい頃から嫌いだと言い続けてきた剣道を強制され、好きだと言い続けてきた絵の習い事は剣道を優先するために辞めさせられました。
会計士になりたい、なんていう偽りの夢まで抱かせられて、文学に興味のある人間は商学部に進まされました。

 父親の仕事のせいで転勤族として生きることを強いられましたが、両親からは転勤する度に以前いたコミュニティーとの関係を強制的に断たされました。
 両親は決して私を褒めることはありませんでした。私のすること全てを馬鹿にして、全てを否定してきました。
 私が「部屋の片付け方が分からない」「収納棚を買った方がいいのではないか」と両親に聞いた時、返ってきた答えは「部屋の乱れは頭の乱れ、頭が良ければ教わらなくても出来る」「片付けを教わらないと、棚を増やさないと出来ないなんて頭がおかしいのではないか」といった具合でした。
私がジャレドさんの番組を録画していた時「誰?」と聞かれ、「ジャレド・ダイアモンドさん。『銃・病原菌・鉄』の人」と答えると返ってきたのは「『銃・病原菌なんたら』じゃなくて『銃・病(やまい)』じゃないのか?」との答えでした。彼には私を馬鹿にすることしか生きがいが無いようにも見えました。

 母親が出ていってからそろそろ6,7年くらいは経つような気がします。彼女が出ていく直前に、私は母親が私の知らない男の人と笑顔で撮ったプリクラがリビングに落ちているのを見つけました。
子供心にそれが家庭を崩壊させる力を持つことを悟り、気が付けば生徒手帳のカバーに挟み、隠していました。それでも彼女が家を出て行く未来を変えることは出来ませんでした。

 女の子としての身嗜みの整え方は全て、友達や先輩後輩、インターネットに教わりました。その結果、再会した21歳の子供に「下着の買い方とかちゃんと分かる?」と聞く馬鹿な母親が完成したりします。生理についての知識は学校の保健体育とネットから得ました。

 再会した母親は、家にいた時には身に付けたことも無かったブランド物の鞄や財布を持ち歩くようになっていました。羽振りの良い男と付き合っているのでしょう。
 私が脳出血で倒れた時、母親は私の父親に子供を妊娠したことを報告したらしいです。もちろん私の父親との子ではありません。
私の意識が明瞭になってから父親に聞かされたところによると「子供は流産して駄目になった」とのことでした。何度も申し上げますが、彼女が孕んでいたのは夫との子ではなく、間男との子です。それを自分の子が倒れたことを報告してきた夫に報告できる神経はすごいと今思い返しても思います。やっぱり彼女は頭がおかしかったのでしょう。
 最近よく会うようになって何を勘違いしたのか分かりませんが、彼女は私に対して母親面をするようになりました。
 そして、機嫌を損なうと敬語を使い出すこともありました。それに辟易した私は彼女が浮気をして出て行ったことは当時から把握していたことを伝えました。すると彼女は、「一緒に死のう」だなんて言い出すではありませんか。
50歳を目前にして自殺を自分の意思で選択できず、子に委ねる母親から自分は産まれてきたのかと思うと途端に情けなくなり、連絡を断ちました。
胡散臭い民間療法に私と祖母を連れていく母親、そして口八丁に騙され高額な代金を支払い入会する、馬鹿な祖母。母親には紹介したことで何らかのマージンが支払われたりしたのでしょうか。祖父母(父方、母方双方)の、何度も同じことを繰り返し言う癖が大嫌いでした。だから、自分がそうなってしまったのが苦痛でした。「それさっきも言ったよね?」が苦痛で仕方がありませんでした。
きっと両親は私が死んだとしても、その原因をお互いに擦り付け合うのでしょう。その光景が目に見えるようです。
何をしても、何を達成しても「馬鹿な子」としか言われませんでした。そのために自分は馬鹿なのだと思ったまま今に至るわけですが、こうも思うようになったのです、「私がその行動を起こした意味を考えもせず、理解ができないからと一方的に馬鹿だ、と断じてきた彼らの方が馬鹿ではないか」と。彼らには不幸せなまま生きる苦痛を味わってほしいと思いますし、私の起こした行動の理由をちらりとも考えないままに私を罵倒し否定し続けてきた彼らには今すぐ不幸せになってほしいとも思います。
相手の男を変えようが不完全な出産しかできない母親に、自尊心を守るために東京の人間を見下し選民思想に酔いしれる父親、民放のゴシップに振り回される母方の祖母。随分前にうんざりして以来、記憶にとどめる気をなくした、父方の祖父母の存在。何かの喜劇か、と思うほどに訳の分からない家族に育てられてきました。
多分、両親のどちらか(あるいはどちらも)精神的な疾患を抱えているのだと思います。一度精神科に行ってみるべきかと思われます。
私は家族全てを憎んでいますが、中でも家庭の崩壊を止められなかった自分のことが一番憎いです。何の取り柄もない自分が嫌いです。

ざっと流れをまとめるとこんな感じです。書きたいことを書きたいように書いたので流れは適当ですが。
1年前、Uさんをはじめとする三役の方々に自殺を止められましたが、この1年間で何も改善しませんでした。
またUさんに止められると同じことを繰り返しそうだ、と危惧して彼女に距離を置かせる行動を繰り返しました。具体的には「意見の否定」と「私がその行動を無意識に行う程愚かな人間であると思わせること」です。案の定彼女は自分から距離を置き始めました。
計画は成功です。良心が全く痛まない、なんてことはありませんが、距離を置かせることで私がいなくなったとしても、1年前のように私が止めていれば…等と思わないようにはなったと思います(彼女が自ら距離を置いた人間に対して罪悪感を抱く程の善性の塊であるとも考えづらいです)。

13~16日のどこかで実行しなければなりません。休日は家に父親がいる上に、ゼミの合宿もあるので。前回分かったのは、家では無理だ、ということです。

カメラ借りなければ良かったかもしれないなぁ…