生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の備忘録

無題1話

 窓の外には首都高が見えている。

首都高の脇に、世界的に有名なIT企業の広告看板が設置されているのも見える。

 窓を開けば首都高を走る車の音や排気物が無遠慮に押し入ってくるような場所だが、窓を閉めている限り、ここには外の喧騒なんて少しも入る余地はない。

 

 ここには我々を邪魔するものは存在しない。存在することは許されない。

 

 ここにあるのは、ただ

病的なまでの潔癖さで保たれた真っ白な壁/床/1つのベッドと、

そのベッドに向けて伸ばされた観測装置と、

ベッドの上にいる生物の生命を維持するための点滴と、

ベッドの傍らに置かれた折りたたみ式の椅子と、

“そこに座るべき存在”としてここに存在することを許された私と、

ベッドの上で幾多もの管に繋がれながら横たわる女性が1人

だけ。

 

 この女性がここに運ばれた時、誰も彼もが大慌てで。かく言う私も当時直接的に関係しているわけではなかったものの、それでもてんやわんやだった。

 彼女が倒れた原因は───による脳出血。発症後、頭の中を血液に汚染された状態で、生と死の狭間をふらふらと彷徨っていた。そこからすくい上げるための止血剤と一時的に上がった血圧を安定させる薬の注入によって、彼女は一命を取り留めた。

 それでも出血に伴う吐き気が収まらないようで、彼女は一向に物を食べようとしない。しかし人間、何も食べなければ死んでしまう。せっかく取り留めた命が、栄養失調、だなんてこの飽食の時代からは考えにくい理由で散ってしまう。

そのため彼女には、栄養剤の点滴も繋がれている。

 血の汚染により毎分毎秒脳を汚染され続けているこの命は、そういった様々な外的要因によってようやくこの世に留まることができている。

 

 対象の命が安定して初めて、私は私の仕事を始めることが出来る。だから今この状態に至って、ようやく私はここに来ることを許された。

「延命させること」は私の分野ではない。私の分野は「延命させた後に行うこと」であり、そういう意味では救命/延命を第一とする現場ではあまり重要視されない仕事でもある。

しかし、それでも私の分野が必要とされる局面は確かに存在している。それが意識朦朧とした患者が運ばれてきた時であり、つまりは今である。

 私が直接顔を合わせたのは今が初めてだが、運ばれてから今まで、逐一彼女の様子に関する報告は受けていた。

運ばれてからの言動、その推移。その報告の全ては今これから私が行う行為の補助になる。

報告から割り出された浮上加速度は9.8m(分) / s2。生まれた時から今この瞬間までの長い年月を、彼女は9.8m / s2の加速度で追体験/浮上している。

それを問いかけ、記録し、今の彼女に現状を認識させること・今の彼女があるべき姿まで浮上させきることこそが私の仕事だ。

 

 そろそろ物心を獲得する頃合いだ。それでは私は私の仕事を始めよう。

 

―――今、君は何をしている?