生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の備忘録

19年間健常者として生きてきて、20歳で障害者になった。

 これを読んでる就活生のみんな~~~!
ありがとうな~~~!
私には多分出来ないようなことも君たちには出来ると思うから、自信持って君たちなりにできる活動をすればきっと上手くいくと思う!根拠はないけど!
というか五体満足なだけでも自信持ってくれ!
じゃないと私は何なんだってなるから!

 話は変わって。

 19年間、健常者として生きてきた。
19年間、身体の半身は普通に動いたし、何回か見れば理解して覚えられる程度の記憶力はあった。
それがある日突然失われたのだ。

 リハビリをして、とりあえず歩けるようにはなった。でも、私が追いかけているアイドルの名前を付ける程に溺愛していた箏を弾くことは、二度と出来なくなった。
まずまともに横たえることが出来ない。
ようやく横にして、油単も剥がした箏に、箏柱で調弦をすることができない。柱を滑らせずらそうとする度に弦の張力に負けて倒れる柱、柱がぶつかり傷付く箏。
13個の柱を立て終わってさあ弾くぞ、と思って六段を弾こうとした時、押し手をするべき弦に手が置けない。置けたとしても押せない。頑張って押すと、無理が生じて柱が倒れて箏が傷付く。
その繰り返し。
基本として叩き込まれた六段すら弾けない現実、
色んな人と組もう、と約束していた曲を弾けないことが分かってしまったこと、
家にある、曲を組むに当たって買っていた楽譜、
少し弾いただけでもそれらに直面させられて、箏を売ろう、と思い立った。
まだ綺麗な内に売ろう、と思った。
そうして売る約束を取り付けて、最近になって引き渡した。これでとうとう、私と箏の縁は完全に切れた。

 記憶もできなくなった。
「いただきます」を言ったことすら、
「誰と何を」話したかすら、
「読んだ小説の内容」すら、
「観た映画の内容」すら、
ぽろぽろ、ぽろぽろ、と頭から零れて落ちていった。
落ちていく記憶をどうにか全部拾おうとしても、回収できるのはその中のいくつかだけで。
毎分毎秒、何かしらがぽろぽろ、ぽろぽろ、と零れ落ちていくのを止められないまま、何を零したのかすらも忘れながら、私は生きてきた。
例えばおつかいを頼まれたとする。おつかいの内容どころか、“おつかいを頼まれたこと”すら零してしまう。
 そんなポンコツ脳味噌になった。
 倒れた後に復学して、1年間頑張ってきた。記憶ができないもどかしさと、記憶力のなさを医学的に証明できないやるせなさを感じながら、自分なりに頑張ってきたつもりだ。

 それは“努力”だなんて大層なことを言えるような代物ではなかったことは自覚している。ただ、大変だったな、とは思う。
 1年間誰にも頼れないままにひとりぼっちで大変な思いをしてきて、色んなことを試しては失敗して。
その結果言われたのが「時間をかければ流石に覚えられるでしょ」という言葉。
泣くかと思った。泣かなかったけど。
必死に笑顔を作ってヘラヘラしてたけど。
「今までお前がしてきた大変な思いは全部全部、無駄なんだぞ」と言われているような気がして。
でもその人の前で泣くと面倒くさいことになるのは分かっていたから、泣かなかった。
今思い出してみても泣けてくる。私のしている大変な思いは結局無駄に終わってしまうのだろうか、と思って不安になる。精神安定剤ですらも抑えきれない程、悲しくて悲しくてたまらなくなる。

 やっぱり私は弱い人間なのだ。
 親に「記憶障害は心の持ちよう」だなんて言われたってその気になれない程度には、昔記憶力を心の持ちようでどうにかした記憶がない/気力がない。

 精神論はもううんざりだ。
 精神論で頑張ってきて、しまいには精神を壊したからわかる。精神論には意味がない、と。
 そして自分は弱い人間なのに、頼れる人間すらいない、という事実が私を追いつめる。人間関係をリセットし続けた結果、頼れる人間すらいなくなってしまったことに、ここにきてようやく気がつく。

 父親には頼れない。これ以上負担をかけるとまた大学やめるか?と脅されそうでこわいから。
 母親にも頼れない。離婚はしてないけど、父親じゃない男の人と暮らしているから。
 祖父母にも頼れない。みんな老化に伴って精神を病んでしまったから。

 私には、頼れる人間がいない。
その事実を認識する度に、ヒビの入った心から、ぽろぽろ、ぽろぽろ、と何かが零れ落ちていくのを感じながら、私はぽろぽろ、ぽろぽろ、と涙を流すのだ。