生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

無題7話

“ 病室にはE.T.以外入ってこないようだ。
何故なのかは分からないし、それについての説明もされていない。聞かない方がいいのかな、と思うからこちらから聞いてすらいない。
でも、これでいい、とも思うのだ。

 私とE.T.以外でこの建物にいるのは、あの、ガラクタを煮詰めたような灰色のドロドロとした、物体。
正確に言うと、白衣を/ナース服を着て、表皮を覆うドロドロを隠してまるで人間のように振る舞っている、人間ではない物体。
それらの物体がせわしなく病棟の廊下を行き交っているのは、廊下で車椅子に乗る練習をしていなくても/部屋のドアから見えるからこの部屋にいても、分かる。
たまに、こちらを物珍しそうに覗き込んでは、私と目が合って気まずそうに目を逸らして去っていくドロドロもいる。あれらにとって、私は物珍しい観察対象でしかないのだろう。
あれらがまともな人間語―――少なくとも私に分かる言葉―――を話しているところを見たことはない。聞いたことがあるのは、あれらから発される、くすくす、くすくす、という笑い声に似た音だけ。
E.T.はあれらと会話が出来るようだ。何故なのか分からない。E.T.だからだろうか。人ならぬ宇宙人だからだろうか。

本当に、分からないことだらけだ。

きっと、あれらは私とコミュニケーションを取ることが出来ない存在なのだろう。私とは違う世界に生きる生命体なのだろう。

 ふと、頭に浮かんだことがある。このことはE.T.に言った方が良いのか、それとも言わない方が良いのか。私には判断できない。
言ったらあのE.T.にすらまともに受け取られなさそうなことだ。馬鹿げた話だ。
『私を“あの時”飲み込んだ灰色の物体が、地球上のそこかしこから漏れ出てくる景色』が頭に思い浮かんだ、だなんて言っても真面目に受け取られないだろう。
でも、その頭に浮かんだ景色があまりにもリアリスティックで。
それはまるで私のすぐ目の前で展開されている景色であるかのような、質量を持っていて。
“あの時”のことを思い出してしまいそうで怖くて、頭を何回か振って追い払うとその景色は消えたけど。とても怖かった。
その景色が恐ろしくて恐ろしくて、泣いてしまいそうな程だった。この景色が/恐怖が、誰とも共有できない類の物であることも、その恐怖心を増幅させた。
 それは、ひとりぼっちの世界で、地面から沸き上がってくる灰色の物体に自分自身の身体が飲み込まれていくのをただただ見ることしかできない、という悪夢だ。
覚醒していてもかまわず心象世界に侵食してくる、悪夢。

 そうだ。あとで気持ちが落ち着くような薬を処方してもらえないか、E.T.に聞いてみよう。もらえるかは分からないけど、聞かないよりはマシだ。
今なら、単なる“○○○○○ではない睡眠薬”を「精神安定剤だ」と言われながら渡されて飲んだとしても、気持ちが落ち着くような気がする。プラセボ薬でもいいんだ。ただ、「この気持ちをどうにかするために自分に対して“何らかの干渉”を行ったという事実」で自分を落ち着かせたい。
 きっとこのままだと、いつもの睡眠薬を管から注がれたとしても、夢の中であの景色につきまとわれてしまう。それは嫌だ。嫌だ。
睡眠という行為、今はただそれだけが現実逃避の手段であるにもかかわらず、睡眠すらもその逃避を許してくれなくなったとしたら、きっと私は壊れてしまう。

今の時点で、もう壊れかけてはいるけれど。
今以上にどうしようもなく壊れきってしまう。”