生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

私にはもう、私の部屋の布団の上以外に居場所がない

 今の私の状態が鬱病だとするならば、私はきっと、14歳からずっと鬱病だったのだと思う。

 家にいる時はずっとこんな感じだった。高校の時に使っていたTwitterアカウントだってこんな感じだった。
でも、それを外に出すと上手く行かないことは分かっていたし、誰もそんな弱い人間と関わろうとしないことも分かっていた。

 だから私は14歳の頃から今までずっと道化を演じていた。
自分の中にある鬱屈とした感情を隠すには、道化を演じるくらいしないと足りないと思ったから。
じゃないと自分の中に隠したものが他人に知られてしまうと危惧したから。
そうして自分の周りに集まった/残ったのは、私に道化を求める人々だけ。
私は、残った人々が“私が私の中に隠したもの”を知れば落胆すると思った。
嫌われると思った。
だから必死に隠した。
 そんなことを続けていたら、わたしは隠したものをさらけ出せるような友人すら作れなくなった。
案の定、私がお酒を飲んで、隠したものの一部をさらけ出すと、その人たちは距離を置いていった。隠したものの真意も知ってもらえないまま、一部を見ただけで去っていってしまった。

 きっともう、バレているのだろう。“私が本当は暗くて暗くて面倒くさい人間であること”は。
だから余計に怖いのだ、
道化を求めていたはずの人間にそれがバレるとどうなるのかがわからないから。
それを知った上で周りの人間が私をどう見るのか、わからないから。
 それを最初から知った上で関わってくれた人がいた。その人のことが、私は友人として大好きで、大好きで、

妬ましかった。
何でも器用にこなしてしまうその人が羨ましくて、妬ましくて、でも大好きで、大好きで。
その矛盾した感情を抱きながら、私はその人と関わっていた。大好きだったから。
 私の言いたいこと、主張したいこと、でも上手く言葉に表せないことを、私から話を聞いて公用語に翻訳してくれるその人のことが大好きだった。
でもその人も、私の暗い感情の一部を見て、私を「路傍の石ころ」にカテゴライズして去っていってしまった。
暗い感情の真意も弁解出来ぬまま、去っていってしまった。

 その頃からだったと思う。私に処方される精神安定剤の量が増えたのは。