生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

無題15話

“ 今日も、いつものように今月分の報酬が私の口座に振り込まれた。私の分と、E.T.の分と。
 E.T.に彼自身の分の報酬を渡そうとすると、
「だからさ……何回も言ってるけどさ。
いいんだ、僕はそれを使う機会がない。資格もない。君に全部やるよ」
なんて言葉が返ってくる始末。仕方がないから今月も、二人分の報酬を懐に収める。

 ふと。あ、そうだ、と。E.T.に聞こうとしていたことがあったんだ、と思い出した。
「ねぇ、E.T.
「なんだい」
E.T.はさ、誰かが死ぬところを実際に/あるいは夢で見たことはある?」
突然聞くにしては重たいテーマだ、まともに返事が返ってくることはあまり期待していなかった。けど、
「……あるよ」
と、彼は答えてくれた。そして続けて、
「実際に、じゃなくて夢で、だけど。そして、その死を与えたのは夢の中の僕だった」
とも。
「そう、自分の手で殺したことがあるのね…夢の中で」
「うん」
「私は自分の手で殺す夢を見たことはないけど、夢の中で誰かが私の目の前で、他人の手/あるいは何かの要因で死ぬところ/殺されるところを見たことがあるわ」「それもたくさんね」
私は多分、本当はただこれを聞いてもらいたくてさっきの質問をしたのだと思う。私は人が大量に死ぬ夢を、ずっと前から見続けている。
「それは……つらいだろうね、と返すべきだろうか?」
「いえ、自分の手で他人が死んでいく感覚を味わう分、E.T.の方がつらかったろうと思う。私は私の手では救えない命が死んでいくところを、ただ茫然と、第三者の視点で見ただけなのだから」
そう、私は自分の手を汚した訳ではない。夢の中とはいえ、自分の手を汚してしまったE.T.の方がつらいはずだ。
「それでも僕はこう返すよ、『つらいだろうね』と」
違う、その答えじゃない。ここで返されるべき答えはそれではない。私は許しを乞うた訳ではないのだから。
「……っ」
ほら、駄目だ。やっぱり駄目だった。想定外の言葉は私の堤防を決壊させた。
そうして私は、自分以外に誰もいなくなった/最初から自分以外に誰もいなかった廊下で、涙が枯れるまで泣き続けた。

 自分の中で整理がついて、身体中の全てから涙の痕跡を消し終わってから、自分のベースに戻った。仕事をする、という姿勢だけでも見せ続けないとここにはいられないから。でもそういうのはずっと前から得意だった。真面目になるのは/真面目な振りをするのは。
 そうしていると、後輩に声をかけられた。
「前々からずっと疑問に思っていたんですけど」
「何?」
「先輩はどうして《評価》を気にしないんですか?」
「………逆に聞くけど、どうして君はそんなに《評価》を気にするの?」
「だって、《評価》が高ければ高い方が社会的ステータスも、受けられるサービスの質だって向上するじゃないですか。
なのに、先輩は《評価》を気にせず生きている。どうしてかな、と思って。」
「私は別に。何もこの世界に期待なんかしていないから。
そんなに《評価》されたいのなら救済に入ってしまえばいいじゃない。以前君はそれを『おぞましい』と評したけど、それも一つの手よ。
その代わり、ある特定の団体に所属した瞬間にここにはいられなくなるけどね。ここは特定の団体に利益供与するおそれのある人間は所属を許されないのだから」「それとももう、入っているのかな?」
「…やだなぁ、僕が救済になんて入る訳ないじゃないですか。《評価》はされたいけど、それとこれとは別問題です」
「そう、ならよかった」
そう、それならいい。
 《評価》は私たちが管理する貯蔵庫とは別のどこか───そこが中ではなく外であることだけは確かだ───に設置されている人工知能が、いつか誰かが規定した、「この世界に生きる人間はこうあるべきだ」というルールに則って行っている。
救済はそのルールに全て従い、「理想の人間であること」を教義に掲げて活動する、新興宗教のような団体だ。
そんな人間が外に来たらどうなるか?
想像に難くない、貯蔵庫に手を加えるに決まっている。
それが世界だから。
それが全てだから。
 だから、ここにいる人間はみんな、程度は違えど救済に対して嫌悪感を抱き、忌避している。