生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

靴が脱げた

 あなたが小さい頃、なりたかった職業は何ですか?あるいは、夢はなんでしたか?

 男の子ならサッカー選手とか、野球選手とか、あと何だろう、パイロットとか運転手とかかな。
 女の子ならお花屋さんとかケーキ屋さんとか、あとは童話に出てくるようなお姫様とかかな。

 私が生まれて最初に抱いた将来の夢は、お花屋さんでもケーキ屋さんでも、お姫様でもなく、宇宙飛行士だった。
女の子らしくないって?でも本当になりたかったんだから仕方がない。
近所に宇宙科学館があったからか、
漫画で宇宙人を見たからか、
それとは別の漫画で宇宙飛行士になった女の子を見たからか、
今となってはもう分からない。でも少なくともその時は、本当に心の底から宇宙飛行士になりたかったんだ。
ここまで読んだ方がお察しの通り、私は女の子らしくない女の子だった。何なら今でも女らしくない女だ。お姫様願望よりも宇宙飛行士願望が勝る、変な女の子だった。

 急にどうしてそんな話を始めたかって?些細な話だけど、きっかけを話そう。
私は左半身が麻痺していて、左半身が感じることの出来る感覚も、痛覚と寒気と痺れ以外にはない。「地に足が着いた~」とか言うけど、私の左足は、地に足が着いている感覚すらない。左足だけふわふわ浮いているような感じだ。
 そして、話は変わるが私は少し前に新しい靴を買った。地に足が着いている感覚はなくとも、すり減った靴だと足が痛くなってしまうから。その時親に「二足買え」って言われたから二足買ったけど、片方はぴったりのサイズがなくて少しぶかぶかだった。気を付けていないと脱げちゃうくらい。その内時間が出来たらインソールでも買おうかな、なんて思いながら日々のタスクをこなしていた。

 そんな時だ、いつものように電車に乗って、いつもの乗換駅で降りようとしてホームと電車との間に左足を躓かせてしまったのは。
おっとっと、危ない危ない、と思いながらも、転けなくてよかったなぁ、と目的のホームへ向かう。しかし、左足に違和感がある、何でだろう。左足に視線を落とすとあれ、靴がない、どこだろう。きょろきょろと辺りを見回しても、靴はない。どうしよう。
じっとりとした嫌な汗を拭いながら地面を這うような視線で靴を探していた、その時に自分の頭上から、
「これ、あなたの靴ですか?」と声が降ってきた。
自分の身体的な問題でその声の持ち主の顔は見られなかったが、私の目の前に差し出された靴は確かに自分の靴だった。
「ありがとうございます、ありがとうございます」と、視線も上げられないままにお礼を言うと、彼は「いえいえ」と言いながら立ち去っていった。
ただ、それだけのことだ。

 でも朝の通勤ラッシュで忙しい時間帯、忙しいだろうに靴を届けてくださった、なのに顔すらも見られなかった彼のことを思い浮かべていたら、ふと、小さい頃に「お姫様になりたい」と言っていた女の子のことを思い出して、その子の気持ちが少しだけ分かった気がした。