生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

likeすら敷居が高い

 ライトユーザー、ヘビーユーザーの話だ。

以前どこかで、この図をアップロードしたかもしれない。
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図にする程のことでもないけど、暇な時に手遊びのように書いたものだから、同じく手遊びのようなつもりでここに上げる。

 ヘビーユーザーを名乗るのは難しい。
まず基盤となる知識を前提にして、さらに応用的な知識を身に付けなければならないからだ。名乗るのが難しい上に、同じコンテンツ内で同じところまで到達している人に出会うのも難しい、これは単純にそこまで到達している人が少ないから。
他方で、違うコンテンツだとしても同程度の“深さ”まで掘削している人とは話が合う気がする。私自身、そういうコミュニケーションが好きだ。そこまで深く掘削できてはいないけど、そういうコミュニケーションをしたい、と思う。

 ライトユーザーを名乗るのは簡単だ。
とりあえずそのコンテンツにさえ参入すれば、もうライトユーザーになれる。そして同じコンテンツ内で同じところまで到達している人には比較的出会いやすい。
でも、ベクトルの方向は異なっていたりする。
ええと、言い換えるとしたら、重視する項目が異なっていたりする。ヘビーユーザーは深く深く、コンテンツの本質に向かって掘削していくと、入口が狭いが故に始まりが似通っているために、同じ方向を向きやすい。
だが、ライトユーザーは入口が広いが故に始まりが人それぞれなために、コンテンツの本質へ視点を向けていても立ち位置が異なるので違う方向を向いていることが多い、気がする。
ライトユーザーのいい点、としては、話が合う仲間を見つけやすい、ということが挙げられるだろう。
広く浅く、コミュニティーを広げやすい、ということだ。

 でも、先に上げた記事にも書いた通り、私のようにくどくどと喋る人間にとってはライトな楽しみ方は合わないような気がする(だからこそ人間関係も構築しづらいのだが)。

 そして単純なライト/ヘビーという分類に加えて、ライトを装ったヘビー/ヘビーを装ったライト、という人種も存在する、と思う。

 ライトを装ったヘビー、これは怖い。例えるなら教授が自分の専門分野で何も知らない振りをして学生に問いかけているようなものだ。単なるヘビーのままでは同好の士を見つけられないから、と、掘削したところから人里まで降りて(登って)きた仙人のようなものだと思う。

 一方、ヘビーを装ったライト、これは小物だ。そして私自身はこうならないように気を配っている(もしかしたら既にそうなってしまっているかもしれないが)。
ヘビーを装いたいがために、基盤となる知識をすっ飛ばして応用の論点について話す、薄っぺらい人間だ。単なるライトのままでは格好が付かないから、無理して仙人(ヘビー)の皮を被っている一般人、のようなものだと思う。

 ううむ、まとまりがつかないな。
ともかく私は、どこかの分野でヘビーユーザーになりたい。以前アンドロ羊の読書会で遭遇した、ヘビーなオタクのようになりたい。どこかの分野に、命を燃やしたい。
その読書会では、自分が「愛している(あるいはlove)」どころか「好き(あるいはlike)」を表明することすら烏滸がましいような気がした。生半可な気持ちは否定される気がしたから。

 自分が命を燃やせるような/命を燃やしたいと思える何かを見つけ出したい、と私は思う。そして、「愛している(あるいはlove)」と、自信を持って表明したいと思うのだ。