生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の備忘録

花が不幸せなところを見たい欲がある 4/27 9:21追記

 ある。
 だけどマーリン、何であんなに「幸福さ」に関して隙がないのだろうか。

 確かに、理想郷にいるからまず「死なずに英霊として顕現している」というのはあると思う。死=不幸、と安直な繋げ方をしたい訳ではないけど、死んでないから(というか役割的に言うと不死身だから)何らかの目標を生前に達成できずに無念だと思うようなこともなかろうな、と。

 あ、GOA未視聴です。その上でのガバガバ雑記です。

 理論的にはまだ甘さがある説だけど、分かりやすくて使いやすいんでまたマズローの五段階説引っ張ってきますね。
まず彼は、英霊化するにあたって死ぬというプロセスを経ていない。
死なないし、死んだこともない。不死身であれば、「生きたい」という欲求をわざわざ抱く必要もない。
生物としては歪な存在だろう、望まなくても生き続けることは出来るのだから。
そしてその「彼には生理的(生存)欲求がないこと」を前提にして話を進めますね。

 そもそも感情はどうして芽生えるのか、みたいなの、確か教養の心理学でやった気がするけど、正直あんまり細かいところまでは覚えていない。
とにかく、ジェームズ・ランゲ説とプルチック説というものがある。どちらも感情について定義しようとした説ではあるが、後者は「その芽生え」にあまり言及していない(気がする、自分が覚えてないだけかもしれない)。
ジェームズ・ランゲ説はこうだ、「人は悲しいから泣くのではない、泣くから悲しいと思うのだ(原文ママかは怪しい、朧気)」といった、哲学的な話だ。
だが、芽生えについては言及している。感情の原因と結果は逆だ、と述べている。

 CCCではムーンセル(無機物、人工物)が人類を観測し、記録する第三者機関として存在していた。
他作品ではどうだかわからないが、少なくともFGOのマーリンを見る限りにおいては彼は「人間を観察したい」という欲求に基づいて行動をしている。
だからアヴァロンからも歩いて出てくるし、人間である我々マスターにも引っ付いてくる。

 ここでジェームズ・ランゲ説に戻る。その欲求の原因と結果は逆なのではないか、と。
つまりは、「人間を観察したい」から「人間を観察する」のではなく、
「人間を観察する」から「人間を観察したい」という欲求が芽生えたのではないか?という話だ。
些細な違いかもしれない。
だが、CCCのムーンセルとアヴァロンにいる彼は、環境としては似ているのだ。だから、世界から「人間を観察する」役割を与えられたから、「人間を観察したい」と思っているのではないか?と。
ここでいう「世界」が何なのかは分からない、異星の神とやらすら超越する存在なのかもしれない。

「退散退散…あとは任せるよ」と言って退散する彼が哲学的ゾンビではないとは言い切れないのだ。人間を観察する内に「そういう振る舞いが人間らしい」と学んで、そうやって振る舞っているだけに過ぎない可能性は否定できないのだ。

 死なないから生理的欲求はない。つまり有機の身体を持ちながらも生物的な欲求に振り回されない、しかもマズローで言うところの基盤(生理的欲求)が備わっていないために、それ以上の欲求も抱かない、と、単なる傍観者足りうるに相応しい身体スペックを備えている。彼がかのムーンセルのように誰かの手で意図的に造られた存在なのか、どういうきっかけでこの世界に存在することになったのか、は分からない。卵・鶏論争のような物かもしれない(あれは鶏が先だという結論は出たみたいだが)。

 傍観者になるべくして生まれたようなスペックの彼が、ムーンセルを造った誰かの手により有機版ムーンセル的存在としての役割を与えられ、「役割」から「欲求(あるいは感情)」が生まれたのではないか?と。
そしてそれはもはや欲求や感情とは言えないのかもしれない。
ただの使命感かもしれない。
推測で推測をしているだけの、何の実も成らない思考だけど、少なくとも私は彼に「生物としての感情」は抱いていてほしくないな、と思うのだ。

 推しなのにどうしてその感情の存在を否定するのかって?推しだからだよ、感情がない方があまりにも哀れで、美しいじゃないか。

 おっと、そういえば彼を不幸せにしたい、という話だった。
でも、上述の思考を経ると「彼はそもそも幸せでも何でもないのではないか」「ならば不幸せ(幸せの対概念)もないのではないか」ということになってしまう。

 何ということだ、彼の苦悶する状況を導き出したくて始めたのに、「そもそもハッピーではないからバッドにもならない」だなんて結論に至ってしまった。畜生、やっぱり彼は「幸福さ」に関して隙がない。

4/27 9:21追記

 GOAを履修している知人に「マーリンには希死念慮がある」と言われしんどさにまみれているなうです。無理。

死ねないのに死にたいの、もはや生理的欲求と真っ向から反していて彼が非生物であることを浮き彫りにしていてしんどい。(カルデア、今は)ボーダーで一緒に戦う彼の人間らしさはあくまで「らしさ」でしか内、ということか。
GOA未履修マンだけど、希死念慮がある死ねない夢魔、生きながらにしてバッドエンドしかないのではと思ってひゃっほう&しんどいなうです。
じゃあ逆に、彼はどうすれば幸せになれるのか、死にたいという些細な願いすら叶えられない身の幸せとはなんなのか、なんなのか……。