生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

“話すべきか? 命を断つべきか? ”

 最近夏が近付いてきたというかもはやもう夏なのでは?感がありますね、さっき地元のRealFeelを見たら37℃とかのたまってて流石に意味がわからなかったです。

 こうも暑いと観たくなる、ある映画のことを思い出しました。
記事の題名の言葉がぼんやりと(そこまで過激な選択肢ではないけど)浮かんできて、(話すべきか?)まで思い浮かべたところで後半部を思い出して。
ああ夏だな、また観たいな、なんて思いました。でも多分今観たら色々と死ぬだろうな、とも。

 大丈夫、大丈夫。幸いまだ決定的なことはしていない、とオリヴァーは言っていました。だから、うん、大丈夫だ。大丈夫だよ、エリオ。

 それでも君の患っていた病はやっぱり辛いのだろう。
だから君は、昔を思い出す形式で彼との逢瀬を語ったのだろう。君の病を病たらしめたのは彼との別れではなかった。物理的な距離なんて、君には関係なかった。
君の病が病として成立してしまったのは、彼に(当時の/あるいは今でも、世間的に見てより真っ当だと思われるような)相手がいるということが、よりにもよって『彼の口から』語られたことだと思う。
辛かろう。
じとじとと汗をかくような夏なのに、君が泣きながら見つめた暖炉の火を思い出す。

 君は話した。話して、忘れられない夏を過ごした。

 私はどうだろう、と考えてしまいました。話すべきか? 命を断つべきか? と。
ええと、やっぱり後半部分ほど過激ではないかもしれない。
だけどやっぱり、似たようなことは考えました。

 最初から何も持っていなければ、喪失感を感じることはない。
最初から“持っている状態”を知らなければ、喪失感を感じることはない。
ということをもう二年くらいは経つのかな、あの夏に思い知りました。それ以来、何かを得ようともがいては、何かを得るどころか何かをぽろぽろと喪ってきました。
だから私には何もない、と思うのです。実際何もないし。そして、何かを得た人を羨ましく思い、そのたびに心にぽっかりと穴が開くのです。

 ほら、だからやっぱり、人生に期待なんてしちゃいけないんだよ。エリオと違って、お前にはただ一時でもお前を一番に想ってくれる人なんていないんだ。お前にオリヴァーはいないんだ。

 リスクヘッジ、という概念があります。分散投資をして、リスクを極力少なくしよう、という。
そして私は、そのリスクヘッジがどうにも下手くそらしいです。らしい、というのは最近になってようやく分かってきたからで。
 友人関係でもそう、誰かひとり、気が合う(と自分が勘違いしてしまった)人に依存しがちです。色んな人と同時に並行して関わるのって意外とスキルが必要らしいですよ。
でもその───自分にとっては一番の───友人にとって自分は一番ではないのです。特定の誰かに限らずとも、自分は誰の一番でもない。何なら一人っ子なのに、両親にとっての一番ですらないのです。

 だから、だから。誰の一番にもなれない私は、決して報われない恋をして、悲劇のヒロインに身をやつして自分を慰めているのです。ただの自慰でしかない恋をするのです。
昔から嫌というほど思い知ってきたから。何もない私を、何もない上にこれから先も喪い続ける私を好いてくれる、まともな人間なんて存在しないと。まともな人間は私の異常性に辟易して離れていくと。だったら、と、私は自分を慰めるためにアイドルに焦がれるのです。だって相手からは私なんて塵芥の一粒にしか見えないから。そういうことがはじめから分かりきっているから。安心して焦がれるのです。
 だってもう、誰も、何も喪いたくないから。

 私が藤田先生の作品に心を奪われたのは/影響を受けたのは、多分自分がそういう人間だったからだと思います。
言い方は悪いけど、カフカの変身に人生を狂わされた男“でも”ハッピーエンドを迎えられていること。笑顔で送り出してくれる妻がいること、夢を叶えられていること。
多分私はそこに縋っています。こんな私でもハッピーエンドを迎えられる、と言ってくれているような“それ”に縋っています。

 私は不都合な真実からは目を逸らし、虚空から垂れてくる、自分に都合のいい蜜だけを舐めて暮らしています。
滑稽な道化のようではないですか。見世物としてはちょうどいい、きっとみんなの笑い種。

 私が一番に想えて、私を一番に想ってくれる。そんな人に、いつかどこかで出会えるだろうと考えて毎日を過ごしています。そんな友人、あるいは恋人に出会えたらいいな、と。こんなろくでもない人生でも生きる価値は確かにあったのだと思わせて欲しいな、と。

 記憶違いかもしれないけど、「どうして泣いているの」と問われた記憶があります。
それに対する答えは単純で、「自分は誰の一番にもなれないから」。
努力しても努力しても駄目で、見様見真似で上手くいっている人と同じことをしても駄目で。何をしてもどう足掻いても一番にはなれない自分でしかいられないから。
逆に知りたい、「私はどうすれば泣かずにいられるの」と。


 話せないのなら、命を絶つしかないじゃないですか。