生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

顔も知らない誰かに、愛を込めて

unknown:6:04 P.M.
 どの言語で挨拶すればいいのか分からないけれどとりあえず、こんにちは。こんばんは、かもしれないな。うーん、まぁ、はじめまして。
ぼくは、これを読んでいる君がいるのと同じ惑星にいる、けれども君がいないであろうどこかに住んでいる人間だ。
 この通信は、特定の誰かに向けて発したものじゃない。海に流したボトルメールのようなもの───それも自動翻訳機能付きの───と思ってくれればいい。元より誰かの元に届く事なんて期待していない、そんな代物だ。

unknown:6:12 P.M.
 おお、誰かに届いたようだね。どこかに繋がった、というのだけは分かる。どこに繋がったのかは分からないけれど。予め断っておくとこれは一方通行の通信、返信はできないので悪しからず。
 でも何の用だ、とは思っているんだろう?ふふふ、ぼくが特に用はない、ただの暇つぶしだ、って返したら君は怒ってこの通信をブロックするのかい?しないよね?
だって君は、こんな得体の知れない通信を自分の意思で開いて読んでいる時点で想像はつくけど、暇なんだろう?だったら少しくらい怒らないでぼくの暇つぶしに付き合ってくれてもいいじゃないか。

unknown:6:35 P.M.
 続けるよ。
 君の国では銃の所持は許されているのかな?
君の国でどうなのかは知らないし、こちらが知る手段もないけれど、少なくともぼくの国では許されていないんだ。ま、危ないしね。
それでも、一部の人間が職務上の関係で所持を許されていたり、そうでない人間でもちょっと公には出来ないようなルートを使って手に入れたり、でぼくの国には一丁も拳銃がない、なんて状態ではないんだ。
どこかのある国みたいにみんながみんな銃を持っていて、その前提の下で生活をしている訳じゃない。この国の人間にとって、銃はあくまでも非日常的なガジェットに過ぎない。これまでも、そしてきっと、これからもずっと。

unknown:6:45 P.M.
 おっと、ごめんごめん。ぼくの悪い癖だ。話したいことを機関銃のようにまくし立ててしまうんだ。
うーんと、急に銃の/銃規制の話をしたのは別に政治的な話をしたいからじゃない。そんな高等な議論が出来るほどの頭をしている訳でもないからね。
 したいのは、ぼくの習慣の話さ。ぼくに出来るのはそのくらいのスケールの話が関の山だもの。

unknown:6:48 P.M.
 君は、誰かが死ぬところを見たことはある?ぼくはない。でもぼくは、たまに死者の国を夢想する。死者の国に吸い込まれる、と言った方が正確かもしれない。
イカク・イトウが書いた『Genocidal Organ』の中で主人公クラヴィスが時々迷い込む世界に似ている。ぼくが夢想するのも、そこに似たような血と硝煙の臭いが漂う場所。けれどちょっと違う。
ぼくが夢想する世界では、生者もいる。でも現在進行形で死んでいく。そんな世界。
ぼくの嫌いな人同士が、銃を使って殺し合う世界。ぼくはそれを、その場でぼうっと見ている。でも銃は握っていない。そんな物騒な物、夢想の世界だとしても持ちたくないから。

unknown:6:50 P.M.
 どうしてよりにもよって銃なのかって?
だって、銃はぼくにとって、あまりにも非現実的だから。手にすることは、絶対ありえないから。その夢想する世界が実現することは、銃規制の下ではないから。
ぼくは夢想の世界の中であっても責任を取りたくない、卑怯者だから、絶対にありえない世界を夢想することで責任から逃れようとしているのかもしれない。

unknown:6:53 P.M.
 楽しいよ。うん。それは間違いない。
だって自分の嫌いな人が死んでいくのを、自分の手は汚さずに見ていられるのだもの。

unknown:6:55 P.M.
 君はどうやってストレスを発散しているんだい?まぁ問いかけたところで、この回線では返事を受け取ることはできないけれど。

unknown:6:56 P.M.
 人生楽しんでる?

unknown:6:57 P.M.
 ぼくは死者の国の夢想でしか楽しめていないけれど、人生を楽しんではいるよ。

unknown:6:58 P.M.
 ろくでもない穀潰しだけど、そんなぼくでも確かにこの国に生きているよ。

unknown:6:59 P.M.
 何も生み出さないぼくにも、平等に明日はくる。

unknown:7:02 P.M.
 qw





「夜七時のニュースが告げている。どこかの国で銃規制が撤廃されたことを。」
「もしそれが、瓶詰めの手紙を送ってきた彼が住んでいる国だったとして、彼はやっぱり銃を手に取ることはないだろう。」
「でもきっと、彼の夢想した国がどこかで具現化する。彼の嫌いな人間が、彼の嫌いな人間を銃を使って殺す国が。」
「もしそれが彼の国ならば、彼も例外なく死ぬだろう。あるいはもう、死んだのかもしれない。」
「だって彼は、彼自身のことすら嫌いだったのだから。彼が銃を手にすることを躊躇したとして、彼が彼自身を嫌っている事実は変わらない。だから彼も、彼が嫌っている誰かに、彼が嫌っている自分を殺されるだろう。」
「だから私はこう言う。『顔も知らない誰かに、決して報われない誰かに、愛を込めて。“確かに君がこの世界に存在したことは、私が間違いなく認識したから安心してお逝き”』と。」