生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

わさび人間になりたい

 言葉は選ぶべきだと思う。ようやく思うようになった、という方が正しいか。まぁとりあえず、そう思うようになった。

 思考は言葉を紡ぎ出すけど、その思考自体も言葉によって生み出されているメタ構造だったりする。

 思考は言葉によって構成されている。ヒトが言葉で思考する生き物なのだから、当然といえば当然だ。

 私の友人に、言葉遣いも振る舞いも美しい子がいる。私は彼女を尊敬しているし、ああなりたいとも思う。すっと綺麗な言葉や振る舞いが出てくるのは一朝一夕ではかなわないだろうけど。
きっと彼女の思考も、彼女の紡ぎ出す言葉と同様に、美しいものなのだと思う。

 「人は言葉によって規定されたりなんかしない」と、クラヴィス。するんだよな。やっぱりジョン・ポールにはかなわなかったんだよな。

 でもね、こうも思ったんですよ。紡ぎ出す言葉だけじゃなくて、入ってくる言葉も人を規定するのだと。その理論に従ったのがジョンであり○○(ネタバレ防止伏せ)だった。

 耳から入ってくる言葉、目にする言葉、その全てが思考に影響する。その言葉の内容自体に思考が反発していても、必ず影響はされる。

 暴力的な言葉が飛び交う場所で育つと、思考も、それに伴って言葉遣いも暴力的になる。ほら、私も暴力的でしょう?そういうことですよ。

 山葵のように育ってみたかったなぁ、と思う。綺麗な言葉にさらされて、綺麗な思考を練り上げたかったなぁ、と。
そうすれば、今の私は存在しないだろう。存在しないことが出来たろう。



P.S. @該当者 謝るくらいなら最後までやりきってほしかったなぁ、結構心はズタボロなうですよ。