生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

すしの“し”はしあわせの“し”(戯言)

 視野が狭まると/情報が足りていないと誤った判断を下してしまう、という常識は、どこへ行こうと変わらない。

 変わらない、のだけれど。そもそも視野が狭まっている/情報が不足していると、そのことに気が付かない、というどうしようもない状況であったりもする。
だから私たちは、常に自分自身の視野と所持する情報を過信せずに疑い続ける必要がある。
今見えている世界が全てか?
これ以外の情報は得られないのか?
と、自分自身に問いかけ続ける必要がある。



 日本の教育システムは、歳を重ね、先の段階へと進んでいく度に視野が開けて接触できる情報の数も増えていくようになっている。小学校よりも中学校、中学校よりも高校、高校より大学、と、どんどん広がっていく。少なくとも私自身は広がってきたように思っている。

 私の通っていた高校が、少し特殊な学校だった。
附属校だったために、勉強する内容はやや(というかかなり)先生の趣味に走った内容だった。地元の公立最高偏差値校の滑り止めで受けたような人が多かったからなのか、何でここにいるの?みたいな頭の良い人もたくさんいた。
大学のようだな、と思っていた。実際、系列の大学に教えに行ってる先生や教科書を監修しているような先生がいらしたから、余計に。
 自由な学校だった。でも、最初の二年間は少し辛いものだった(だからその二年間で良い成績をぶち上げて学部一位の返済不要の奨学金をもぎ取ったりできたというのはあるけれど)。
最初の一年はまだ良い、二年目が駄目だった。
二年目に属したクラスではカーストが形成されていて、担任も担任で古くて凝り固まった頭を持った体育教師で、私のような日陰者には生きにくい場所だった。一年目はそんなことをしなかったのだけれど、二年目は本当に駄目で、休み時間になるとすぐに生徒会室に逃げ込んだ。そこには大抵生徒会の人がいて、勉強会だったりただのだべりだったりができる、当時の私にとっては唯一の居場所だった。
 三年目は、それまでと違って属するクラスを自分で選ぶことが出来たために、なんとなく自分にとって居心地が良さそうなクラスを形成する人が集まりそうなクラスを選んだ。実際、そのクラス選びは間違っていなかった。結果として、その時点で選び取れる唯一の正解を選び取った。
 楽しかった。
高校生活って、クラスにいてもこんなに楽しめるものなんだって、思った。それまでは生徒会でしか楽しいことがなかったから、そのことに随分と驚いた。高校最後のクラスがここで本当に良かった、と思った───。



 大学に進んだ。サークルにも入った。そのサークルはとても楽しい場所で、そこにいる人間も魅力的な人が多かった。
でもやめた。私の身体が壊れたから、やめた。

 そしてなんやかんやと細々としたことを経験しながら、今に至る。
そして今に至って昔のことを思い起こした。というのも、つい先ほど、高校の時に心から楽しいと思った三年目のクラスの人から何やら招集を受けて、理由を聞くと「三年の時のクラスで集まろうと思って」とのことで、ちょうど予定も空いていたから、一も二もなく承諾した、という流れがあったからだ。先述の通り、そのクラスのことはとても好きだったから。
あぁ、久しぶりにみんなに会える。私に会いたいと言ってくれた。多分これが、みんなに会える最後の機会の一つなのだろう。色々な考えが頭を巡りつつも、その方向性だけは一貫していて、全てが全て、ポジティブな思考だった。

 ふと、あれ?と思った。
試験があるじゃないか、と。
厳密に言えば試験があるのはもう少し後なのだけれど、準備をしなければならないじゃないか。
昔の自分が持っていたような、物事をすぐに覚えられる頭は失ってしまったのだから、その分努力しなければならないじゃないか、と。
そこで引っかかってしまってからは早くて。

というかそんなにお金に余裕があるわけでもない。その会の開始時間自体が遅い上に、会場として設定されている場所は自宅からは遠い。次の日は朝一番で毎週恒例の磁気治療の予定が入っている。

 自分の中に、人と会うのにお金と時間を気にし始めたら終わりだ、という持論があったから余計に気になった。あれ?私、これに本当に行きたいの?と。
私って、会いたい人相手ならどんなにお金や時間がかかったって気にしないよね、と。そんなものは惜しまないよね、と。

 そして、ああ、私多分、この会に行きたくないんだ。よくよく考えたら、あの頃楽しいと思っていた気持ち自体も怪しい。きっと、当時“楽しくないという気持ち”やら“違和感”やらから意識して(あるいは無意識の内に)目を逸らし続けた結果、楽しいと感じていた/思いこんでいただけだったのだろう。

視野が狭まっていたのだろう。人生は、そのクラスで得られた楽しさなんて比べ物にならないくらい、もっと楽しめるということを知ってしまった。
ここまで考えたら、行く気がすとんと消えてしまった。
まだ行くお店すら決まっていないような段階らしかったから、「ごめん、試験前なの忘れてた(>_<)行けない……(>_<)」というような旨の文を送った。
これもまた、私の悪癖なのだろう。
転勤と放浪を続ける内に身体に染み付いてしまった、悪癖。
継続して会ったり関わり合ったりしている人じゃ無い限り、容易に関係と未練を絶つ。だって、転勤した後になっても転勤前の場所にいつまでも未練たらたらでいたら、転勤先で上手く生きていけないから。楽しめないから。そうやって、絶ってきた。
まぁでも、顔文字を使ったりきちんと理由があって断ったりしてるだけ、昔よりは成長しているのかもしれないが。悪癖には違いがない。

 自分の悪癖に自己嫌悪しつつ、どれだけ視野が広がったように、情報に溢れているように感じられても、それは錯覚であることが多いことを学んだ。世界はもっと広いことを学んだ。
今、(自らの積極的な意思に基づいて)所属している特定の“組織”がないからと、一匹狼として生きていると、日々世界が刻々と流動的に変化していくことに気が付く。
今までの自分が、いかに所属していた組織に適応しようとして、その組織の価値観に侵されきっていたかに気が付く。

 世界は、今見えている世界よりももっと広くて、今知っている知識なんて比べ物にならないくらいの情報に溢れているだろう。
 私は歳を重ねて行くに連れて、自分の見える世界が/身に付いている知識が増えていくことを願う。