生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

タイトルを思い付く柔軟な脳味噌が欲しいこじか

 砂にまみれた右手は、少し向こうに散らばっているそれと似た、光すらも吸い込みそうなくらいに黒い箱を握り締めていた。
そしてそれを強く握り締めた瞬間、わたしはこれまで起きたこと、これから起きること全てを理解した。





 昔から、“多様性”という言葉についてぼんやりと考え続けている。
多くの場合、その言葉はポジティブな意味合いで用いられ、受け止められる。その多様性によって、人類はより高度な知的生命体へと進化していく、らしい。
また、有性生殖の利点として、適応力の高さ、というものが挙げられることが多い。多様性もその適応力を駆使してきた結果もして生まれたものなのだろう。その多様性は、わたし自身の中に固有のアイデンティティを生み出した。だから、わたしと全く同一の他人は存在しない/し得ない。
わたしと他人の違いは、society───日本語においては社会と訳される───という概念も生み出した。異なる存在を共生させていくために、societyというラベルを貼り付けて同じカテゴリに押し込んだ、とも言える。何はともあれ、そのsocietyのおかげで、わたしとは異なる他人とも共生出来ているのだが……。
「おい」「おい、こら○○○、聞いとるんか?お前だお前」
「へ?あ、はい」しまった、ぼーっとしていた。「聞いてます聞いてます」
「ほう?じゃあ今お前に聞いた問題の答えを言ってみろ」
「あ~、分からないですね、あはは」そもそも聞かれた問題がどれなのかすらも分からないのだから、答えられるはずもなかろう。
「あほか」とぽかり。先生が持っていた教科書で頭を叩かれた。
そして続けて、「268ページの問2だ」「この分はお前の宿題に追加しておくから次までにやっておけよ」と。
 助かった。
どこを解いてくればいいのかすら分からなかったから、この雰囲気の中で“すいません、どこを解いてくればいいんですか?”なんて聞くところだった。そんなことを聞いたらまた軽く一発喰らうことになっただろう。