生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

安易にコンテンツ化してバズを狙うなというアレ(どれ)

 SNSの発達によって、今まで目を逸らし/逸らされ続けてきた、いないものとされてきた存在が認識されるようになった。
普通に生きていれば視界の片隅にも入れられない、弱者たちの存在が。

 そういう人々が可視化されたことによって、聞き届けられなかった声が届くべき場所に届いたり、支援を受けられるようになった人が増えたりと、良いことは多々ある。だけど、

 だけど、だ。
そういう人々が可視化されたことによって起きたのは良いことだけではない。悪いことも起きた/起きている。

 “可視化された弱者をコンテンツにして強者に輸出して、見下し、嘲る人(々)”が出てきた。ここでいう“強者”は、“弱者ではない(普通の人も含まれる)”という意味だととらえてほしい。
 140字以内に収められた、弱者というコンテンツはSNS特有の拡散力によって拡散されて、強者に消費されていく。
たった140字、されど140字。消費しやすい文字数であるが故に、それはねずみ算式に拡散されていく。弱者たちが踏みにじられる。

 私は後天的に身体障害を抱えた。その上憂鬱症を患っている。社会のカースト的には底辺に近い所に属していると思う。
だからこそ、その“弱者たちを、強者たちが見下し嘲ることがしやすいようにコンテンツ化する人(々)”の行動を、とても不快に思う。

 普通以上でいられて良かったですね、だから私たち弱者を消費するのはやめてください、と言いたい。憂鬱症を、ここに書くのも嫌なくらいの言葉を使ってラベリングをして、笑い物にするのはやめてください、と。

 悲劇のヒロインぶっている訳ではない。そんなつもりでこれを書いている訳ではない。

 ただ、コンテンツとして輸出され、強者たちに消費されることは私にとって不快なのだ。