生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

出会った時、本能的に「合わない」と感じたのは間違っていなかったのかもしれない

 以前からここに書いているように、私は憂鬱症を患っていて、ほとんどの時間を鬱屈とした気分の中で過ごしている。

 それは別に2年前に倒れた時に始まったことではなく、もっともっと昔から続いていることだ。
 だけど高校、大学、と経てきて、例えその心が憂鬱症のどん底にあったとしても、そのことはそう易々と表に出してはならないものだということは学んできたつもりだ。
 だから私は、多少の無理はあったけど、道化を演じたのだ。
『まさかこんなバカなことをしている奴が憂鬱症な訳があるまい』と思わせたくて、私と憂鬱症の間に繋がりなんてないと思わせたくて、表向きには元気な、バカな人間であり続けた。
一部の、信頼の置ける人間に対しては、自分の憂鬱症からくる暗い感情を吐き出した。
それを受け入れてくれたことを、受け入れさせてしまったことを、ありがたいと思うと同時に申し訳ないと思う。
 そう、誰の前でも憂鬱症患者としての振る舞いをしている訳ではないのだ。むしろ特定の人間の前以外は隠し続けたし、決してバレないようにと心掛けた。

 だって。だって私は、“メンヘラ”だなんて安易で迂闊なレッテルを貼られたくはなかったから。そんな定義付けはされたくなかったから。

 私は自分の中にメンヘラ概念の一部があること自体は否定しない。
否定はしないが、“メンヘラ”という言葉を他人に対して吐く人間は、大概、相手のことを見下している、と私は考えている。
大抵の場合、その言葉は馬鹿にするための文脈で使われるからだ。
その渦中にある人間を、
その渦中で苦しむ人間のことを理解しようともせず、表層に浮かび上がってきた灰汁だけすくい取ってあげつらうからだ。

 ああ、何と面倒くさい人種なのだろう、と思うことだろう。自分でもそう思う。

 だけど、これだけは言っておきたい。
「お前たちが散々バカにしている“メンヘラ”という存在は、そう簡単な/消費しやすい/理解できる概念ではないのだ」ということを。