生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

私は書き手だけれど、書き手はわたしではない。

 昔から、私は自分を馬鹿にされるのが嫌いだった。だから分かりやすいバカであり続けた。


 母親から、包丁を投げつけられた経験はあるだろうか?
あるいは、耳障りな金属音で目を覚まし、目を開けた時、上から眼に向かって、キラキラしたホーローの塗装が降り注いできた経験はあるだろうか?
 私はある時期まで、そういう家で過ごしていた。
そのある時期に母親が家を出て行って、私は正直、(やっと解放された)と思った。
だけどそれは勘違いで、母親が出て行った日を境に、父親は抑圧されていた感情を発散するように凶暴になった。
 当時の私が部活で使い古して、ささくれ立ってボロボロになった竹刀を、防具すらも着けていない私に振るうようになった。ささくれ立った竹刀は、振るわれる度に針のような竹のささくれを飛ばした。拳骨も飛んでくるようになった。
 そういった物理的な攻撃はもちろんのこと、精神的な攻撃も浴びせられるようになった。きっと、出て行った妻の遺伝子を引き継いだ私が憎くて仕方がなかったのだろう。私を心理的に追い詰め、馬鹿にするようになった。

 それが悔しくて悔しくてたまらなくて、見返してやりたくて、私は高校で上位の成績を取った。その順位を見た父親は何と言ったと思う?

「たいしたことないな」
そう言って、父親は私が渡した成績表を、吸い終わった煙草程の価値すらもない物のように放り投げた。
 それから、だったと思う。私が、父親のようにたいして頭が良くない人間から馬鹿にされることを心から嫌悪するようになったのは。

 だからバカになった。分かりやすい、誰でも馬鹿にしやすい、バカになった。
プライドの塊のような人間が、プライドなんて欠片もないように振る舞った。

 “本当の本当に、頭のいい人以外からは馬鹿にされたくない部分”というものがある。具体的には何なのか、と問われると答えられないけど、あるにはある。
 そういった部分を、どうでもいい人間/自分の頭が良いと勘違いしている人間たちに暴かれて馬鹿にされるのが、嫌で嫌で、私は
見せ掛けの/ダミーの/囮のためのバカをさらけ出し続けた。

 私が馬鹿である、というのは間違ってはいない。間違ってはいないのだ。どうしようもない馬鹿であることに変わりはない。
 だけど、それを、たいして頭が良い訳でもない人間に笑われるのが嫌なのだ。
私が自らバカの皮で覆い隠したチンケなプライドは、それを甘んじて受け入れることを私自身に許してくれない。