生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

昔々あるところに、紙で出来た家に住む女の子がいました。

 予め断っておきますが、多分それは、虐待という大それた行為ではなかったのだと思います。
最近ニュースで聞くような、痛ましい事件と比べると、余計にそう思うのです。それが“虐待未満の何か”だったからこそ、わたしは今こうして語り手として、この物語を語ることができるのです。

 『三匹の子ぶた』に出てくるどの家よりも脆い、紙で出来た家は、い草で編まれた地面の上の、半畳ほどの土地の上に建っていました。その中に住む女の子は、13歳でした。

 彼女は学校から帰るとすぐに、その紙の家に籠もっていました。宿題もその、ろくな明かりもない紙の家の中で済ませていました。

 彼女がその紙の家に住み始めたのは12歳の終わりの、剥がれたホーローで出来たキラキラした粉が眼球に降り注ぎ始めたくらいの頃でした。
紙の家は、彼女が使っている小さな布団すらも覆えないくらいに小さかったので、彼女はしかたなく、寝る時だけは紙の家から出てきました。

 紙の家で使える外部との通信手段は、紙の家を覆う大きな家に置いてあった電話の子機だけで、彼女はそれを使って毎晩ともだちとお話をしていました。
年頃の女の子がするような話とか、
部活の話───そのともだちとは違う部活でした───とか、
勉強の話とか───、

家庭の話とか。
 電話の向こうから、あまりにも幸せそうな話ばかり聞こえて来るものだったから、彼女はそれを、にこにこしながら、唇の端を噛みしめながら、うん、うん、と聴いていました。

 紙の家より大きな家に住む、大きな女の人は、彼女が子機を使って電話をしているところを見る度に、忌々しげに彼女を睨んで踵を返してどこかへ立ち去っていきました。

 彼女がそんな毎日を送っていたある日のこと、大きな家の大きな女の人が、10代の彼女には意味の分からない言葉をまき散らしながら大きな家から出て行って、それ以来帰ってこなくなりました。

 それから、彼女は紙の家を飛び出して、小さいけれど紙の家よりも大きな家の中にある、ひとつの部屋で暮らしていました。その内、大きな女の人の荷物が置いてあった、今までよりも大きな部屋を与えられることにもなりました。以来、彼女はその部屋で暮らすことになりました。

 あまり声を大にしては言えないような、肉体的にも精神的にもつらい出来事をたくさん経験しながら、彼女は毎日を過ごしていました。それでも紙の家に住んでいた頃と比べると、とても良いように思えました。
それでも彼女は、まだ囚われていました。

 夜、小さいけれど大きな家の、真ん中にある部屋に、大きな男の人が帰ってきてから、翌朝その男の人が出て行くまでの間。彼女は与えられた部屋の中で、禁固刑を受けていました。禁固刑、と言っても、誰かに強制された訳ではありません。彼女は自主的に、その刑を受けたのです。
 何故ならば、与えられた部屋の扉を開けた途端に聞こえてくる、大きな男の人の稚拙で卑猥な独り言を聞きたくなかったから。
大きな男の人に、口汚く罵られたくなかったから。

 彼女は、紙の家に住んでいた頃よりも大きな家の、紙の家よりも大きな部屋で暮らせるようになったにも関わらず、未だに囚われ続けているのです。

 めでたしめでたし。終われ。