生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

もしも、“強い”彼(女)らが、

 あるいは少し性格の悪い言い方をすると、“弱い”人間に対して平気で「考え過ぎ」だの「メンヘラ」だの言い放てる程度には“強い”彼(女)らが。
この世に生まれ落ちた瞬間から今に至るまで、私と同じ環境で育ってきたらどうなるのだろう、と、考えてしまった。

 やっぱり“強い”彼(女)らのことだから、そんな環境下であっても変わらず“強い”人間として在ることができるのだろうか?
 それとも“強い”彼(女)らであっても、そんな環境下で育てば弱くなるのだろうか?

 無責任に/無遠慮に、他人の心の弱さを糾弾する彼(女)らのことだから、前者であるべきなのだろう。
 でも私はこう思う。
“強い”彼(女)らは、彼(女)ら自身の力のみで強くなれた訳ではない、と。他ならぬ“育った環境”が、その強さを形作っているのだ、と。
 だから、いくら今の時点で“強い”彼(女)らであったとしても、私と同じ環境で育ったならば、きっと私が持つそれと似たような脆弱性を抱えることになるだろう。

 そしてそれを思うと、自分の育った環境と、それを形成した人々に対しての恨みが増す。
私だって“強い”人間になりたかった。
こんなに“弱い”人間にはなりたくなかった。
高望みをしている訳じゃないと思う。ただ、普通の環境で、普通に育てられたかった、とは思う。