生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

タイトル未定の断片・メモ

 そうして残った、“他人に関心を持つ能力を欠いた”人間たちの遺伝子が絡まり合って/絡まりきって、今のわたしたちがここに在る。ただ自己の命を存続させるという目的のためだけに、関心を持てない他者と社会を構成して生きている。

 わたしたちの先祖の仲間に、その特性から、社会と隔絶してひとりで生きていこうとした人間も少なからずいたらしい。完全に自給自足の生活。社会で生きるために必要な貨幣すら持っていなかったという。
 だが、彼らはわたしたちの先祖にならなかった。子孫を残せないまま死んでいった。
いや、それだと少し正確さに欠けている。
「実験的」に、同じく社会と隔絶して生きている異性と接触し、子を産む努力をした人もいたという。それでも、と言うべきかやはり、と言うべきか、産み落とされた子供はその両親の庇護を受けられないまま死んでいった。子を作った両親は、自分の子にすら関心を持てず、関心を持てなくとも子を育てる知識/技術すら持っていなかったのだ。
 その上彼らは短命だった。長生きできなかった。自給自足の生活には限度があった。その日を生きていくだけでも精一杯だった彼らは、自衛する手段すら所持していなかった。野生動物に襲われて、あるいは同様に社会と隔絶して生きている人間に略奪されて、命を散らしていった。散らしきった。

 そうして
“弱い自分たちは関心の有無にとらわれず、実益のために社会を構成し所属することが必要なのだ”と学んだわたしたちの先祖たちは、
「とりあえず自分の命を存続させる」ために今の社会を作り上げた。
 そうした、退化のような進化の果てに、わたしたちはここに在る。
不思議なことに、「とりあえず自分の命を存続させる」ために始まったこの社会は、その目的のために子孫を残し始め、結果的にそれが種の存続へと繋がっていった。
 他人に関心を持てない体質であっても、工夫次第で生き延びていける。わたしたちは皆、自己の生存のために無関心を押し込めて、他者への関心があるように振る舞っている。おままごとのようだ、と思わなくもない。皆、今自分が話している相手が自分に対して少しも関心を持っていないこと、また同じく自分もその相手に対して関心を持っていないことを理解しながら、実益のためだけに「そういうふう」に振る舞って生きている。