生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

“ようやく掴んだ幸せを、自ら手放して不幸になる”描写

 先日観た舞台で(ネタバレを避けるために詳細は省くが)、
“ようやく掴んだ幸せを自ら手放して不幸になること”を繰り返す登場人物がいた。舞台上で色々な状況が積み重なっていたこともあって、その場面は私の心を締め付けた。

 ある、いつまで経っても恋人が出来ず、愛に飢えた女の人がいた。
そこに突然現れた運命の人。
そのまま運命的に恋に落ちる二人。
女性は幸せの絶頂。
二人は結婚を誓い合うまでになる。

 だが。だが、彼女はその家庭が抱える問題から彼を失ってしまう。幸せの絶頂にあった彼女は「また」、不幸の谷底に叩き落とされる。
その後の彼女の語りで、彼女はそういうことを繰り返してきたことが明かされる。幸せに焦がれて焦がれて、ようやく手にした幸せすら、彼女の家庭の───つまり彼女自身の───抱える事情から手放さざるを得なくなる。
それまで幸せの中で上げられていた分、それを手放した時の落差は激しい。上がって、叩き落とされる。そりゃあ、ああいう性格になるのも仕方ないだろう、と観客に思わせてしまうくらいの哀れさ。

 あくまでフィクションだから、完全に重なり合うことはあり得ないけど、そんな彼女の姿が少しだけ自分と重なった。せっかく手にした幸せが、自分自身の問題のせいで手からこぼれ落ちていく。劇中の彼女はそれでも幸せを諦めなかった。
対して私は───。

 諦めざるを得なかった。
自分の精神的に、たとえ幸せになれたとしても、また不幸の谷底に叩き落とされた時に私は立ち直れなくなるだろうと思ったから。
スタート地点が若干不幸な分、頑張って幸せの絶頂まで登り詰めたところから転がり落ちた時の落差は尋常ではないだろうから。
似たような経験をしたから。

 “幸せの絶頂からの転落”を観客として疑似体験しただけでも心を締め付けられているような人間は、そもそも幸せになることに向いていないのだ、と思った。
そして、
「だから、幸せの絶頂から転落することを恐れるお前(私)は、この先死ぬまでずっと不幸の中で生きていくしかない」と、自分に言い聞かせた。
そうしたら不意に、涙のような何かが頬を伝ったような気がした。