生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

はじめて、伝わった、と思えた

 そもそも私は私自身の性質上、
“自分が好きだと感じたこと/もの”すら、他人に伝えることが苦手だ。その上で伝えた相手に
“自分が好きだと感じたこと/もの”を好きになってもらえずとも、(それを好く理由がたしかに存在することを)認めてもらうことも苦手だ。

 だから、所謂同好の士、というものを作ることもまた苦手だった。自分が良かれと思って薦めたものを、
「自分には合わなさそう」と、それに実際に触れる/試す前から断られることばかりだった。
 私自身の伝える能力に問題があるのかもしれない。
伝える相手に期待しすぎたのかもしれない。
理由は分からない。分からないけど、相手に(触れてみよう/試してみよう)と思わせることすら出来てこなかったのは確かだ。

 昔からそうだった。家の外だけでなく、家の中でもそうだった。
私の「好き」は全て認められなかった。それどころかその「好き」を、馬鹿にされることばかりだった。そして私は、「好き」より「嫌い」に支配されながら生きていく羽目になった。

 そんな時だった。
恨めしいとすら思うくらいに、退廃的な美しさを放つ文章に出会ったのは。
最初にそれを読んだ時、私は私のことが今まで以上に「嫌い」になった。その文章を素直に「好きだ」と言えなかった。
今思えば、認めたくなかったからだと思う。物を書く、ということにおいて、その著者が、私には達せない領域に達した上で、私が書きたかったことを、私が自分で自覚している以上に書き表していることを。それと私の間に、私が手をかけることすら敵わない、分厚く高い壁があることを。

 だけど、認めざるを得なかった。
私がその文章をどうしようもなく「好き」だということを。
越えられない壁を認識しながらも、好きであることには変わりはないということを。
 それからは全力で、その作品のプロモーションのお手伝いをさせていただいた。
この文章が、読まれるべき層に読まれないまま終わるのが嫌で嫌でたまらなくて、より多くの人に読んでもらうために、自分なりに拙いながらも意見を出した。私の「好き」を会議の同席者に、出版社の方々に、そして他ならぬ、著者の先生にぶつけ続けた。
 あまりにその伝え方がしつこすぎたのか、ただ単に私の職業的にその時間帯は空けやすかろうと思われたのかは分からない。
ともかく私は、プロモーション会議の参加者の中から1人、読者代表として選んでいただけた。
 最初の原稿を読んで感想を求められた時、「好き」を抑えきれずに羅列した、自分でも後から読み直して気持ち悪くなる程の執念で綴り、送った感想の中から、ある一文を抜粋していただけた。ただただその場の勢いだけ/「好き」という気持ちだけで、自分で自分の書いたことすら忘れていたものだから。
使える文などひとつも無かろうと思っていただけに、余計びっくりした。
 そうして一文を抜き出されたことを知った時、心の底から、嬉しい、と思った。
ようやく自分の「好き」が伝わったことと、
自分の「好き」がおかしいものではなかったことを、嬉しい、と思った。

 ようやく、伝わった、と思えた。

 自分の「好き」が他人に伝えられること、
尊重してもらえることが、こんなにも素敵で、嬉しくなれることだなんて知らなかった。そんなの今までの人生で、ほとんどなかった。

 それからというもの、自分が薦めたものを尊重してもらえる度に、プロモーション会議の時に味わったような嬉しさを感じるようになった。自分の「好き」が伝わるのってこんなにも幸せなことなんだ、と思うようになった。