生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

頭が痛い

 頭が痛いから、気晴らしに文字を書く。文字を書いているから頭が痛くなるのかもしれないけれど、因果関係は分からない。今の私に分かるのは、ただ自分の頭が痛むと言うことだけだ。


 頭が痛いと、思考が途切れ途切れになる。乱雑なぶつ切りの単語の群で頭が埋め尽くされる。痛い、とか、嫌だ、とか、気持ち悪い、とか、つまらない、とか、退屈、とか。寒い、とか。

 痛い、痛い、痛い、寂しい、頭が熱い、つらい。


 やっと文章らしい文章を思いついた。
“私はキャッチボールが苦手だ”。頭痛が収まるまでこれで書こう。

 私はキャッチボールが苦手だ。物理的なものも、概念的なものも。そもそも昔から、球技が苦手だったから何の不思議もないのだろうけど。
 言葉のキャッチボールが苦手だ。私が投げると、変な方向に飛んでいく。相手まで届かず地面に落ちたり、相手が取れないような方向に飛ばしてしまったりする。
 対して、大抵の相手は上手いこと、私が受け取りやすいところに投げてくれる。それを真似て自分もどうにか、相手が受け取りやすいように投げ返そうとする。それでもボールは予期せぬ方向へと飛んでいく。
 私が変な方向に投げたボールすらも拾って/キャッチしてくれる友人がいる。素直に尊敬している。 

 待って、ちょっと待って、頭が痛い。ちょっと休む。

 まだちょっと痛いけど、収まってきたから再開する。
 私は理解されたいと願いながら、理解した振りをされるのが嫌いだ。分かった振りをされるのが、嫌いだ。お前なんかに分かってたまるか、言わないけど、そう思う。
 先日、友人に紹介された本がある。私はそのあらすじと、友人が私にその本を薦めた理由とを聞いて、泣きそうになった。泣かなかったけど。この人は私のことを理解していて、その上でこの本を薦めてくれたんだと思うと嬉しくて嬉しくて、涙が出そうになった。

 痛い。小休止。

 外側に自分を受け入れてくれるものなんて存在しないから、内側にそれを求めるけれど、やっぱり外側への未練はあるらしい。そんな自分すら嫌になる。何故か涙が出てきた。頭が痛いからか、あの時堪えた涙が今更湧き出てきたのか。分からないけれど、ぽろぽろと涙がこぼれてくる。どうして自分はこんなに弱いのだろう。強くなりたかった。

 溢れてくる涙が鼻からの分泌物に変換されて窒息しそうになったから、とりあえず起き上がることにする。

 手に入れたかったものを手に入れる可能性すら失って、元々大事に持っていたものさえ消えていく。
 今後もこんな日々が続いていくということ/そんな日々から逃れられないということを改めて突き付けられて、私は素面で泣いている。