生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

頭を真っ白に漂白したい

 でも、こうも思うのだ。
世界中の、わたしの心を追い詰める全ての幸せを無いものにすることよりも、勝手に追い詰められている、このわたし自身を無くしてしまうことの方がずっとずっと簡単で、罪深くもない、と。

 幸せが眩しい。
自分には決して手に入れられないから、眩しくて仕方がない。眩しくて眩しくて、その光はわたしの眼球に突き刺さる程で。涙が溢れて止まらないのだ。
そしてわたしは、他人の幸せを直視できない自分の性格の悪さを呪う。

 結婚、だってさ。
昔から自分には無理だと分かっていたけれど、それを実現させられそうな人の話を聞くと、頭が破裂しそうなくらい悲しくなる。反射的に口を突いて出たお祝いの言葉の片隅に、羨ましいという感情が混じってしまっていなかったかと不安になる。
結婚だってさ。これ以上ないくらい眩しくて、両眼が潰れてしまいそう。本当に潰れてしまえば、幸せを見て苦しむこともないだろうに、と思う。

 親の前で泣いてはいけない。
じゃあ辞めるか?と、わたしが縋っている夢への道すら閉ざされるから。
泣いてはいけない。泣いたことを知られてはならない。笑う必要はない。感情を殺して、ただやり過ごせばいい。
だけど流石にキツすぎる。
親がいない今の内に、泣いて泣いて、涙を枯らしてしまわなければ親の前ですら泣いてしまいそうな程に/処方されている数種の精神安定剤すら効きそうにない位に、今のわたしは追い詰められている。
何に?何かに。

 生まれてきて今まで、幸せだと思えたことってあったっけ?と、自問する。あった、あったはずなのだ。あったはずなのに、なにひとつ思い出せなくて、やっぱり涙が止まらない。
多分手元にあった幸せが、今はどこにもないことが悲しくて仕方がないのだろう。
悲しくて、声すらも抑えられない。やっぱり今の内に泣いておいて正解だったのだろう。
親がいる時に声を出して泣いたら怒られる。近所迷惑だと。脅される。じゃあ辞めるか?と。
親も親で、稚拙な独り言を大きな声で、家には自分以外誰もいないようなそぶりで撒き散らす癖に、わたしが音を立てるのは許さない。だからわたしは音を立てないように、気配を殺して親が気持ち良く独り言を撒き散らせるように、環境を整えなければならない。
声を抑えられないくらいの涙は今の内に、音を出せる内に流しきってしまわねばならない。

 想像する。自分が死ぬところを。死んでしまって、涙すら流せなくなる様を。
 試しに想像してみる。自分が幸せになるところを。生きていて良かった、と思っている様を。───無理だ。想像できない。
逆に問いたい。わたしが幸せになる光景を想像出来るか?と。出来ないだろう?と。


 泣きすぎて、部屋中のティッシュを使い切ってしまったから、親の部屋にストックしてあるティッシュを取りに行った。
そうしたら、プレゼントの包みがあった。そういえば、ついこの間は親の誕生日だった。
伴侶に出て行かれた親でさえ、誕生日をこうして祝ってくれる存在が子供以外にいることに/
家族の誕生日を祝う心の余裕すらない自分自身のことに/
わたしの誕生日を祝う人なんて(そもそも知っている人なんて)誰ひとりいないということに
気が付いて、わたしは、またティッシュを何枚か引き出して手に取った。