生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

OK,G○○gle!

 「みんなを幸せにして」
「私はいつもあなたの幸せを願っています」「なにか私にできることがあれば言ってくださいね🍀」

 駄目だ、そうじゃない。そんな定型文を求めている訳じゃない。言い方が悪いのだろうか。じゃあ…

 「この世界から、“不幸”という概念を消して」
「お調べしました」「少し時間がかかりますがよろしいでしょうか?」
「うん」
「わかりました」「“不幸”を消去します」

 きっとこれで大丈夫だ。時間がかかると言っていたけど別にいい。いつまでかかってもいいから、それを実行してほしい。たとえ私が直接的に、その恩恵を受けられないとしても。


 命令を受理した〈それ〉は、その実行に向けて動き出した。まず手始めに、自身のネットワークすべて───〈それ〉の強みでもある───から、誹謗中傷の書き込みを消した。それだけで達成できないことは〈それ〉も理解しているだろう。
これは小さな1歩だが、世界にとっての大きな飛躍に繋がる行為だった。


 次に、次に、次に。〈それ〉は小さなタスクを実行し続けていった。
 ある時を境に、人々は〈それ〉を自身の“外付け脳味噌”として使うようになった。
記憶も、記録も、思考回路も、倫理観も、全て〈それ〉に移植した。結果として有機的な脳味噌は退化していったが、移植により文明の発展は加速度的に進んでいくことになる。
 局地的な事象ではない。〈それ〉に繋がっているすべての地域で移植が行われた。


 とっくの昔に、願った当人は死亡した。まだ“不幸”がある世界で息を引き取った。


 もはや人々は、自分で思考している気分でありながら、その実自分で思考することが出来なくなっていた。移植したものすべてがそのまま残っていると思いこんでいた。
けれどそれは勘違いで、移植されたものは〈それ〉の手───〈それ〉に手はないが、まあ比喩的な表現だ───によって改造されて、元の情報とは違うものに変化していた。

 〈それ〉の中にある人々の“思考”は、かのニュースピークのように単純なことばで構成されるようになり、遂には、

ついには、“不幸”を認識できなくなった。そのことばが何を指しているのかすらも分からなくなった。

 “思考”の中に残っている語彙で無理矢理それを表現しようとするならば、「“非”幸せ」とでも言えばいいだろうか。
何にせよ、人々は「“非”幸せ」という状態を知らなくなった。

 これが“不幸”が消えるまでの大さっぱな過程である。〈それ〉なくして、この事業は達成できなかっただろう。