生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

1秒が、次から次へと絶え間なく襲いかかってくる

 自分がそこに立ち止まっていても、時間はお構いなしに向こうから絶え間なくやってきて、自分の後ろに通り過ぎていく。電車の車窓から見える風景のように、後ろへ後ろへ流れていく。


 次の1秒なんてこなければいいのに、なんて願っても、それでもやっぱり1秒はやってくる。過ぎていく。その1秒をどう使おうが/使うまいが、期限がくるとそれは自分の手に負えるものではなくなる。自分の手に負える、現在ではなくなる。

 私は未来に希望が持てない。
時間が経つにつれて「好き」が次々と消えていく。
代わりに「嫌い」がどんどん増えていく。
どちらも私には理由が分からない。理由も分からないまま次々に消えていって、どんどん増えていく。
だから未来に、未来の手前にある次の1秒に、何も期待できない。また「好き」が消え、「嫌い」が増えるであろう次の1秒に、来ないでくれと叫びたくなるくらい。

 この世に生を受けた瞬間からずっと、私の人生は下り坂。上れたと思っても結局突き落とされる。
だからもう、この先生き続けていても今より何かが良くなることなんて決してないのだろう、と考えてしまう。
 昔、まだ私の両手両足が岩や地面をしっかりとらえることが出来ていた頃、よく山を登っていた。
汗と筋肉痛にまみれながらも、“頂上が確かに存在する”、“足を前に出し続けさえすれば/手を上に伸ばし続けさえすれば、確実に頂上に辿り着ける”と分かっていたから、進み続けることができた。

 でも今は、その“頂上”がまず存在するものなのかも分からない。だからどこにあるのかも分からない。
足をどこに出せばいいのか/手をどこに伸ばせばいいのか、分からない。きっともう既に、知らない内に頂上を通り過ぎてしまっていたのだろう。そして今の私に思い当たる頂上はやっぱり、この世に生を受けた瞬間しかない。

 「この先きっと、いいことがあるよ」と言われたとしても、今の私はそれに耳を貸すことはできない。だってこの先がどうこう以前に、生まれてからこれまでに受けてきた教育やら何やらが、今の私を形作って/作りきってしまっているから。そしてそうやって形作られてきた今の私は、自分に対して“この先いいことが起こらないように”という呪いを無意識の内にかけてしまっているから。

 その呪いが元凶なのだろう。
未来/次の1秒が、私に「好き」を失わせ、「嫌い」を増やさせるのは。
そうして私に対して、「次の1秒なんてこなければいいのに」と願わせるのは。