生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

分かっているんだ、そのままでは人生で損をし続けることになることは

 だけど、そこから脱け出そうとするともっと大損をすることを私は学んだ。


 “いい人を目指しても、他人からすれば単に「都合のいい人」になっている可能性もあります。
(中略)
いい人なんて目指さないで、自分のために、自分が幸せになる、ことをそろそろ始めてみてはいかがでしょうか?”
というツイートが流れてきた。無責任な、と、それを見た今の私は思った。

 私は私なりにいい人を目指し続けてきて、しばらくしてからようやく、都合のいい人になっている自分を認識した。悔しいと思って私はそこから脱け出して、自分が幸せになることを目指そうとした。結果どうなったか?

 その結果、私はそれまで私を都合のいい人として認識してきた人々に糾弾された。
その上、それまでいい人を目指し続けてきた人間が急に自分の幸せを目指そうとするとやっぱり歪みが生じる。
自分の不器用さが露呈する。するとまた、周りの人間に責め立てられる。

 そんな結果しか得られなかった。
だから不器用な私は死ぬまで一生いい人を目指し続けなければならないのだ、と改めて認識させられた。そのままでは自分の幸せなんて得られず、損をし続けると分かっていても、私にはその生き方しかないことを知った。
 それでも諦めずに下手に幸せを目指そうとすると、私みたいに不器用な人間は大損をする。
いい人であろうとするのは、不器用な人間にとって、周囲の人々から自らの人権を認められるための手段でしかなかったのだ。
器用な人は、いい人を目指すのをやめて幸せを目指しても上手くいって幸せになれるのであろう。だけど私は違う。他の人間がどうであれ、少なくともこの私だけはそれに当てはまらない。
だからその発言は、とても無責任なものに思えた。


 幸せに飢えている人間に、叶わぬ希望を抱かせるだなんて。罪深いにも程がある。