生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

むだい?

 何が正解で何が不正解なのか、判断する気力も無くした。あるいはどこにも正解なんて無いのかもしれない。だけど私は、正解を求められているように感じる。正解以外許されないように思える。そんな世界で、私は生きている。

 正解以外許されない世界に、正解以外は糾弾される世界に、私は生きている。鉄道のホームドアという物はとてもよくできていて、私はそれさえなければふらりと線路に落っこちてしまっていると思う。

 不正解を選び続ける人生。正解以外を許さない世界。どちらが排除されるのかと言えば前者以外にはなく。だけど前者は排除されないまま、後者の世界で生きることを強要される。

 自分の選ぶ道が必ず不正解だと知った時、人はどう思うのか。そんな社会実験の被験者にされているような気分だ。答えは、「死にたくなる」以外にない。当然だ。というか、実験するまでもなく分かり切っていたことだ。

 それでも社会は実験し続ける。例外が生まれることを望んで。例外を観察したくて。そんなことはありえないのに、実験し続けるのだ。

 私たち“少し外れた人間”は、その被験対象に他ならない。実験動物でしかない。人間ではない。
 死なせてくれ、と願っても、死ぬことすら許されない。私たちには人権がない。“死ぬ権利”がない。この辛い世界を生きる義務しか与えられていない。

 もううんざりだ、死なせてくれと願っても、死ねない。生きろと無責任に言われる。生きても希望が無い世界を生き続けろと、大衆は言い続ける。

 こんな世界はもう嫌だ。死なせてくれ。生きるのはもう嫌なんだ。お願いだ、死なせてくれ。