生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

溺れる馬鹿は縄を掴む

 私はそれを身の程に合わない願いだと思えなかった。叶うと思った。だから望んだ、それだけの話。


 私はただ、親しい人と美味しいコーヒーとケーキを食べながら、趣味の話に花を咲かせたかっただけなんだ。それに気が付いた。ようやく気が付けた。
 資本主義的な契約関係のように、損得勘定で人付き合いをしたかった訳じゃない。保身のための同盟関係を結びたかった訳じゃない。
 都合良くアルコールに責任を転嫁し垂れ流される、私には興味のない、「誰かが誰かと何かした」話。悪口。陰口。
どうでもいい。どうでもいいけど、どうでもよくない顔をして、音ゲーのようにタイミング良く相槌を返してやらねばならない。異端者は見つかり次第排除される、この社会で上手く生きるために。
 そうしていたら、ぎこちない笑顔が顔面に貼り付いた。泣きたい時に泣けなくなって、泣きたくない時に涙が出てくるようになった。そんな話をするために目の前にあるアルコールが消費されているのかと思うと虚しくてたまらなくなった。

 今の私は一つところに居場所を作らない/作れない流浪の民だ。どこにあるかは分からないけれど、きっとどこかにあるはずの“自分の居場所”を求めて当て所もなく彷徨う漂流者だ。
新しい場所、昔いた場所。思い付く限りの居場所候補を訪れては、ここも違う、と次の場所を探す毎日。
流石にもう疲れた。立ち止まって休みたい。でも、立ち止まって休む場所すら私には存在しない。
 どこかにきっと、きっと、私の居場所が、そして私が休める場所があるはずだ。だって他の人にはあるのだもの、カタワで頭がおかしいからといって私には居場所がどこにもないだなんて思いたくない。認めたくない。そんな不公平に、目を向けたくない。
 だけど気が付いた。私は運良く居場所を見つけることが出来ても、自分でその居場所を壊してしまっていたのだと。あまりに“自分の居場所”に対する理想が高まってしまって、今いるところに満足できていなかっただけなのだ、と。

 美味しいコーヒーとケーキと趣味の話とが同居する、そんな居場所を夢見ていた。だけどそんな居場所はどこにもなくて、私はどんどん孤立していく。
 高校までの腐りきったコミュニティーから脱出して辿り着いた、サークル。だけど私がそこで得たのはトラウマだった。
 また高校のコミュニティーに戻って傷を舐め合い、そうしてまた、ここじゃない、と思って元いたサークルの人間に救いを求める。だけどやっぱり納得できなくて、別のコミュニティーを探す。
終わりが見えない旅路だ。あるいは終わりなんてどこにもないのかもしれない。

 この苦しみから上がるためには、部屋にある縄に縋るしかないのだろうか。