生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

ここにいるのは「普通」を分かっていない人だけ

 私は当然のように知らない。知っていたら、こんな風には育っていないだろう。
だが彼もまた、知らなかった。


 私の父は倹約家な上、“東日本”というものに対して異常なくらいにコンプレックスを抱いている。だから彼は現実から目を逸らし続けているのだと思う。
彼は口癖のようにこう言う、
「金の無駄だ」と。彼に言わせれば全部無駄。無駄。そしてまた、こうも言う。
「これだから関東は(質に見合わない値段で物を売りつけてくる)」と。

 私はもう、バイトをすることが出来ない。カタワでも働ける場所なんてない。だから家からの支給額で朝食と夕食以外の全てを賄う必要がある。
精神を安定させるための好きな本を買うために、好きな映画を観るために、私は節約しなければならない。
周りの子らのような生活は、とてもじゃないけど出来ない。衣服は基本的にTシャツジーパンと運動靴とで事足りるだろう、というのが家の方針だ。ずっと我慢してきたけれど、惨めで惨めで仕方なかった。
 化粧は長らくしてこなかった。するために必要なお金がなかったから。男友達らに容姿を馬鹿にされてからはじめて化粧をしようと思ったけど、その時から割と最近まで、100円ショップに売っていた化粧品をちまちまと使っていた。
化粧水や洗顔料を買う余裕は無かった。家にある、コンビニブランドのシャンプー、リンスにボディーソープだけが、私の清潔感を保っていた。コンビニで買えるボディーソープで顔を洗い、化粧水なんて使えない。そんな生活を続けていたら肌は荒れ果てて、当然のごとく“すっぴんで外を歩くのが恥ずかしくなるような容姿”が出来上がった。
父親はそんな私を見ても何も言ってこなかった。今から思えば私の年代の“普通”だなんてとてもじゃないけど言えないくらいに見窄らしい格好をした私を、“普通”だとでも思っているかのように。
 だけど私も私でそれに対して何か言うことは出来なかった。この家では、父親に対する口答えには不敬罪が適用される、不文律が漂っていた上に、「これは“普通”ではない」と言い切れる自信も根拠も私には無かったからだ。
 “普通”を知らない父娘が、自分は“普通”であると信じて“普通”じゃない行動をし続けている。そしてそれは未だに続いている。
母親が家を出て行った後、たまに母親と会っていた時に彼女が身に付けていた財布や鞄は、全て私でも知ってる有名なブランド物だった記憶がある。もちろん爪は毎回ジェルで綺麗に整えられていて、髪の毛の色は変幻自在。ひと月にどれだけかければああなるのだろう。あれは“普通”だったのだろうか。私は今でも分からない。

 他人はみな知っていたのだろうか、私は知らなかったが、精神的/物理的問わず孤独から逃れるには、お金が必要らしい。趣味にはお金がかかる。人と会って話すのにもお金がかかる。そういう社会だから仕方がない。だけど私の有り金から生命維持に必要なお金を除いて残った金額は、あまりに心細い。
他人はお金を自由に効率よく使えて幸せそうに見える。私は効率よくお金を使う方法すら知らない。
物心ついてから今までに、心の中に積もり積もってきたそのギャップが、今になって私に襲いかかってきた。
そこから希死念慮が生まれるのは自然な流れだった。


 “普通”になりたかったなぁ、と思う。ただ、それだけのことだ。