生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

私がそこで生きているのが悪い、と言わんばかりに

 先生は私に「生きていてほしい」と言ってくださった。
「そんなこと初めて言われました」と返したら、「そら面と向かって言うのはなかなか出来んようなことやからなぁ」と、返ってきた。


 「生きていてほしい」と言われたことはそれまで無かったけれど、
「早くいなくなってくれ」と言われたことなら何度もある。父親から、何度も言われた。
それなら二年前に私が倒れた時に救急車なんて呼ばなければ良かったのに、世間体を気にしてなのか、彼は私の命を助けてしまった。そしてその後も私に対してグチグチと、
「早くいなくなってほしい」と言い続けてきた。

 その上、口を開けば私の知人友人も属する属性に対する根も葉もない誹謗中傷、妬み嫉み。
そんなことだから、私は父親と言葉を交わすのを極力避け続けてきた。可能な限り顔を合わさず、居間に彼が出てくる時間帯には部屋に籠もるようになった。
 そしてある晩、ご飯の準備をしていた時に、そんな彼が床に自分の味噌汁と私のご飯茶碗をぶちまけた。
故意ではなかった…と思う。流石の彼でもそこまでおかしな行動はしないだろう。そうして彼は床を掃除し、洗い場に汚れた布巾を洗いに行った。彼は自分の分の味噌汁については掃除したが、同時に落とした私のご飯茶碗については当然のように洗おうとする気配が微塵もなかった。
味噌汁も拭き終えたようだし、と、私は、父親の手によってテーブルの上に
“一応床からはすくい上げてあげましたよ”とでも言うように形式的に置かれたままになっているご飯茶碗を洗うために取りに行った。その道程で通った“事故”現場は後始末が済んでいなかったようで、私は見事につるりと滑って腰を打った。その時父親が私にかけた言葉はこうだ。
「何やってんの?馬鹿じゃないの?」母親の声より聞いた言葉。聞き飽きた言葉。その声には
“俺は悪くない、お前がその場所で生きているのが悪い”とでも言いたげな、責任転嫁のニュアンスがいつものように含まれていた。

 そうか、私が生きているのが悪いのか。私が被った全ての不幸は私が生きていることに起因するのか。
そうかそうか、納得がいった。
 今、私の中で、先生からの
「生きていてほしい」と父親の視線からの
「いなくなってほしい」が鎬を削っている。
私にだって、生きてやりたいことがない訳じゃないけれど、私が生きていることに起因する不幸をこれ以上被りたくもない。

 ここに幸福はなく、ただ不幸のみが漂っている。