生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

朝起きて最初に耳にするのは、自分でつけたテレビからの声

 次に耳にするのはトースターの音、コーヒーが出来る音、そして。

 我が家の大黒柱であり絶対権力者、父親がのそのそと起き上がってくる音。
最近ではもう、私に対して「おはよう」とも言わなくなった。私がろくに返事を寄越さないからだろう。
父親は起きてすぐに煙草を吸う。家の中で、もっと言うなら私もいる居間で、私のことなど気にしていないと言わんばかりにぷかりと煙草の煙をふかす。私が風邪を引いていようが、ゴホゴホと咳き込んでいようが彼がそれに構うことはない。
何故なら彼こそはこの家の大黒柱、絶対権力者。逆らえる者などいない。

 そして、そして、私が朝起きて初めて聞く彼の声はこうだ、「死ね」。私に対してではないだろう。毎日ルーチンのように繰り返す、ただの独り言でしかないのだろう。
だけど毎日の家族ごっこがその言葉で開幕するのは大変にしんどいことだ。
私と父親以外には誰もいない我が家で、私も同じ場所にいるということを理解しながら放つその独り言は、父親の口から解放された瞬間に目的地/受容者を求めて彷徨う。そして見つけるのだ、家の中にいるもう一人の有機生命体を。私を。
そうして真っ直ぐに、砂漠でオアシスを見つけた旅人のように、私へ向かって飛び込んでくる。「死ね」という言葉が、私に受容される。
 第三者からしたら、その独り言の意味を聞き返せばいい、と感じるのだろうか。残念なことに、それは許される行為ではなく、私にその権限はない。
もし仮にそれをした場合にどうなるかと言えば、飛んでくるのは良くて脅迫、最悪拳か脚だ。そんな状況で、私にそんなことが出来る訳がない。


 だから私は毎朝を「死ね」という言葉を聞きながら始めなければならなかった。これから先も繰り返されるだろう。私はこれから生き続けるためには、今までのようにそれに耐えながら、そのこと以外にも家で発生する諸々にも耐えながら、他のことも並行してこなさなければならない。
 そのことを思うと、生きていたい、という気持ちはすぅっとどこかに消えていくのだ。