生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

何があれば良かったのか、今となってはもう分からない

 何があれば私はこうならなかったのだろう。他の人にあって、私には無かったものって何だったのだろう。


 ふと、師匠との話を思い出した。“愛”?それとも“幸せ”?分からない。今更分かったところで何もかも手遅れなのだけれど。最後のタスクの日まで、もうそろそろ手で指折り数えられるくらいになってきた。

 私は欲張りだったのだろうか、満たされるべきところで満たされる能力を欠いていたのだろうか。

 以前入っていたサークルの演奏会に、差し入れを持って行こうと思う。
先生方にも先輩方にも合わせる顔なんてないから、元同期に、当日人が少なそうな時間帯を教えてもらった。その時間帯に渡す物を渡してしまったら、私はさっさとその場を去ろうと思う。
元同期たちに対して、私は何と言えばいいのか分からない。分かったとしても、それを口から違和感なく引き出せるのかどうかも分からない。だから、受付に手渡したらそこから逃げだそうと思う。

 そうしたらひとりで打ち上げをするのだ。
何の打ち上げかって?何の打ち上げだろう。私は何かを演奏する訳でも何でもない。だけど家にいるだろう父親と顔を合わせる時間は出来るだけ短くしたい。だから外で暇を潰す。そして自分なりに区切り/けじめをつけるために、打ち上げをする。
 最後の最後まで誰にも褒められることがなかった、それどころか、周囲の人間───血の繋がった親さえも───が貶してきたこの容姿を、自分に出来る限り全ての力を用いてクリスマスの木々のように飾りたてて、誰にも肯定されなかった容姿を、自分だけが無理矢理褒めて/肯定して、それで満足してしまおうと思う。自分の努力の限界を知って、満足して絶望するのだ。

 何事もなければ私もきっと、彼ら元同期のように大団円を迎えられたのだろう。分からない、もしかしたらそんな可能性は無かったのかもしれない。
それでも、ろくでもない人生だったけど、最後に少しだけ希望を持てて、夢を見ることができて良かった。人生お疲れ様でした。お疲れ様でした。
 そう言ってひとりで好きなだけ好きな物を飲み、食べ、貯金を無理矢理全て使い切って満足したら、帰って最後のタスクの日を待つ。私が追いかけて師匠の本を贈った、アイドルのような何者かのプレゼントboxにお別れと感謝の手紙を投げ込む。手紙がその人に届く保証はないけれど、一縷の望みをかけて投げ入れる。その日も終えたらやっとおしまいだ、父親が家にいない平日になるのを待って、家の中から父親の気配が消えたところでさようなら。最後くらいは父親というノイズのない、気持ちのいい空間を望んだって罰は当たらないはずだ。

 きっと次は上手く行く。
上手く行かなきゃつらい毎日が待っているだけだ。
成功させなければならない。次こそは、次こそは。次に失敗した場合のことを考えると泣きたくて仕方がなくなる。もうつらい毎日にはうんざりなんだ、逃げさせてくれ。私はもう十分に、つらい毎日を堪能したから、もう勘弁してくれ。