生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

お互いに「そんな世界が存在するなんて」と、驚き合っていた

 久し振りに先輩と話した。


 私が送っている生活の話をして、先輩が送っている生活の話を聴いた。
 先輩の送る生活は、私にとって本の中とかのフィクションでしか見たことのない生活だった。家族、ご飯、家事、その他諸々。私が経験したことのない、だけどフィクションの中では“普通”として描かれている生活。
 私の送る、私にとってのノンフィクションを話したら、逆に先輩から「そんな世界があるなんて信じられない」と驚かれた。
 私にとっては先輩の生活こそがフィクションのように思えたのだけれど、先輩にとっては私の生活こそがフィクションのように思えたのだと言う。

 そんな幸せそうな家庭が現実に存在する訳がないじゃないか。現に私はそんな家庭を経験したことがない。この先経験できるとも思えない。それは、お伽話の中の話としか思えなかった。だけど、話を聴くに本当にそういう家庭/生活が存在しているらしいのだ。

 つらい、つらいことばかりだ。「とりあえず生きてみようよ」という言葉すら、私には空虚に聞こえた。
 親が死んで初めて、私は幸せになれるように思う。親がこの世にいる限り、私は多分、幸せになんかなれない。私が親から離れようとしても、親は私を離そうとしないだろう。
 自然に、台所にある包丁の存在が頭に浮かんだ。それ以外にないように思えた。
中2の頃、母親が私に対して投げてきた包丁、私を傷つける意図で投げられた包丁。もう、今の私にはそれ以外にないような気がしてならない。


 今は自制心によってそれを実行しないように抑え込んでいる。でも今以上に精神状態が悪化したり、血縁者から何かされたりしたら、私はどうしてしまうか分からないのだ。