生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

そう診断されることを恐れ、意図的に避けていた

 私は普通の人々には出来ることが出来なくて、前々からおかしいな?と思っていた。そのせいで、希死念慮が強まってもいた。

 

 

 「発達障害です」と診断を受け、薬を飲み始めてから数週間。飲んでいなかった時よりはだいぶ楽になってきた気がする。

 楽になった気はするけど、やっぱり、私は何というか、言いづらいことではあるが

“健常者であること”に憧れを抱いていて、発達障害であることを認めたくなかった。普通でいたかった。

 その一方で、私は医者から

発達障害だ」と言われた時、心のどこかで安心していなかったと言えば嘘になる。

(あぁ、私がおかしいの/何をしても上手くいかないのにはちゃんと理由があったんだ)

(そしてそれは、やりようによっては薬で緩和出来るものなんだ)と思えた。

 

 だけど、私はこの歳になってようやくその診断を受けられたことに対して、全く思うところがない、という訳でもないのだ。

 もし。もしもだ、もう少し早くその診断を受けて、薬を飲むことが出来ていたとしたら、

私がおかしいことにより起きたトラブルは(その全てとは言わずとも、いくつかは)起きることもなかったのではないか?と思う。

 大好きな友人らに迷惑をかけてしまうこともなかったのではないか?と。

 そして、

“世間の普通が出来なくて、明らかに浮いている私のこと”を省みなかった両親を少し恨む。彼らがもっとちゃんと私のことを見ていれば、私の何かがおかしいことに気が付けたのではないか?とも。

 これに関しては、両親が“私を人間扱いしていなかったこと”が原因であるような気がする。彼らは私を人間として扱わなかったからこそ、“普通の人間”にまで育てようともしなかった。

だから私は発達障害に気が付くことが出来ないまま、ここまで至ってしまった。

 

 私は、私に出来ないことを難なくこなしてしまう/私が犯す失敗を、決して犯さない友人たちを、心から羨ましく思い、尊敬する。発達障害だと診断を受け、自分がおかしく、友人たちは普通であることを考慮に入れてもなお、その羨望と尊敬の念は損なわれない。

 

 

 

 立っていても座っていても、歩いていても何かやらかす私は、発達障害だと診断されたことで“自分がおかしい人間である”というある種の免罪符を得られたように感じて安心した。

それでもやはり、

「お前は発達障害で、頭がおかしく、どうあっても普通にはなれない」と言われたようにも感じられて、

「自分が普通の人間でいられないことへの言い訳を得られたことによる安心感」と

「“普通”は私の手の届かないところにある、という宣告からくる、“普通”な友人たちからの疎外感」

との間で頭がぐちゃぐちゃになっている(現在進行形)。