生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

虚しい願いを伴った、無意味な巡礼

 メーラーTwitterと、Instagramとブログのアクセス解析と、通知を切ったLINEとを巡回するだけの毎日。

 

 

 私は、“自分自身が、誰かにとって必要とされている/その上自ら干渉したいと思える存在である”と思い込みたい。だけど、それを自分に思い込ませる程の、自分(と家族)以外の人間との交流が全く───これは誇張表現ではない───存在しない。

誰かが、私に向けて新しい情報を提供することはほとんどない。

 だから、冒頭に掲げたような、無意味で虚しい巡回をするのだ。私以外の誰かが、他ならぬこの私に対して何かの干渉をしているのだ、と、電子的な情報として提供されたくて。

自分では分からない、“私の価値”を、誰かが見出してくれるのではないか、と願って。

 

 だけど現実は残酷で、

メーラーには開くに値しない、タブロイド紙のようなプロモーションが投げ込まれ、

Twitterには私が関係ないところの幸せや世間に対する罵詈雑言が流れてきて、

Instagramには、やはり私には関係ない、キラキラした写真やストーリーが表示され、

ブログのアクセス解析には、いつも読んでくれているらしい“顔の見えない常連”らが訪問した証としての数字と、知らない誰かからのはてなスターが飛んできて、

通知を切ったLINEには、定期的なプロモーションのみが新しく積み重なっていく。

 私を幸せな気持ちにしてくれるような情報がどこかにあるはずだ、とでも言わんばかりの勢いで、血眼になってそれらを巡回し続ける毎日。何巡しても得られない満足。満たされない心の空虚さ。

 

 

 こんなに虚しい毎日で、これ以上生きる意欲なんてひとつも、どこにもないのに、私は未だに死ぬことすらできない。それがとても悲しい。

 今、周りに私以外の人間がおらず、少なくとも書いている間は誰も私の周りに来ない状態でこれを書いているのだが、こんな虚しい毎日と、生きたくない気持ちと向き合っていたら、静かに涙が出てきた。

 いつになったら、私は楽になれるのだろうか。早く楽になりたい。