生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

おはなし2話

 私がある朝、取るに足らない夢から目を覚ました時、目の前には知らない床が広がっていた。

知らない床に貼り付いた見慣れぬベッドの上で、何やらひたすら書き物をしている、世界で一番見慣れた人間───つまり私───が無数の管を伴いながら、そこにいたことも書き添えておく。じゃあ、今こうして頭の中に広がるカンバスに物を書き付けている私は何者なのだろうか。

あるいは、目の前にいる私の中にいるのは何者なのだろうか。

 

 どちらが本当の私なのかはともかくとして、目の前にいる方の私は、リング式の小さなメモ帳に向かって何かを必死に書いてはちぎり、書いてはちぎりを繰り返している。誰一人として彼女を止める者はいないようだ。

それどころか、彼女に目をくれる人間すらも、ここにいる私しかいない。

 彼女がちぎった紙片は、ベッドを飽和して、ついには床にまで至った。しかし、ちぎっている当の本人はその部屋の惨状に気が付いていない。

 ふと、何を書いているのだろうか、と、気になった。私の皮を被った目の前の人間───もしかしたらこちらの方が私の振りをしている人間なのかもしれないが───は、何を考えているのだろう。

そもそも、どうしてこんな状況になっているのだろう、ということを考えた方がいいような気はする。するのだけれど、何も分からない、何から手を着けていいかすら分からないこの状況で、唯一目立っておかしいだけは分かっている。

“何かを必死に書いている、目の前の自分”だ。

 繁忙期の印刷所のように、白黒の紙片を発行し続ける私は、こちらの私に気が付いていないようだった。

こちらの私は何故か金縛りに遭ったように動けないが、幸い、視線の向きや焦点の合わせ方だけは、目の悪かったはずの私にしては上手く出来た。

 視線を泳がせ、ひっくり返ってた真っ白な紙片の海の中で、黒くて意味のある文様が定着している側が偶然こちらに向いている紙片を探す。今の私に手があれば、ガサガサと掻き分けることが出来たのにな、と、もどかしく感じる。

どろりと浮かんできた、身体を動かせないから分からないけど、そもそも今の私には手はあるのだろうか?足は?脳味噌は?目の下にある鼻は?こちらの私には眼球しかないのではないか?という、嫌な想像を振り切って、私は意味の読み取れそうな紙片探しを再開する。

単純なようで、これが意外と手間のかかる作業で、こちらに向いている黒い文様でも、意味のない物を除外せねばならないのだ。白と黒の中から、そこにあるという保証もない、“意味のある文様”を探す。

あってくれ。ここにきて“無い”だなんて、勘弁してくれ。単なる暇潰しに始めたことに、こちらの私はたしかに依存し始めていた。

無いなんてことはないだろう。フィクションなら、“上手いことこの訳の分からない状況を打開するための何か”がどこかに、具体的にはそのもみくちゃになった紙片の中に、無いとおかしい。だから、あるはずだ。

 

 自分が生きているか死んでいるかすら定かじゃない、このくそったれな状況をぶち壊す何かが───

 

“生誕のよろこびが 一瞬にして慟哭にかわった”

 

 ───あった。これでいいのかは分からないけれど、多分、これだ。私はこれを足掛かりにして、彼女が書き散らした紙片を纏め上げねばならぬという使命感に駆られている。

 きっと、私はそれをするためにここにいるのだ、という確信めいた何かが、今の私を突き動かしている。