生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

まだ息が続いてしまっている

 CCCコラボがあったから、CCCをやり直して、終わらせた。

最近やった人間らしい行動といえばこれぐらいのものだ。

 

 

 外に出るのが億劫になった。外に出るために人間の形を整えるだけでも疲れるようになった。自然、病院と近所のコンビニにしか行かなくなってきた。

 最近の私の世界はほとんど布団の上で完結している。意を決して臨む遠出でさえも家から1時間もかからない場所までで精神の息が切れる。精神的な疲労が、肉体を疲弊させる。

 

 理由のある「死にたい」を、根拠が弱い「生きたい」で塗り潰す作業にも疲れ切ってしまい、もはや際限なく湧き出る「死にたい」を塗り潰す手が追い付かなくなってきた。

「大阪に行くんでしょ」「師匠に会いに行くんでしょ」の2パターンで「死にたい」を塗り潰すのにも限度がある。その二つを自分に言い聞かせてようやく“死ぬを選択しないこと”が出来ている。

 

 首を吊っても死ねないことは経験して知っている。手首を切る勇気がないことは自覚している。それでも死にたくてたまらなくて、電車に飛び込む様や好きな誰かに殺される様を妄想してしまうのだ。

 

 気付けば毎日酒を飲むようになっていた。そうでもしないと、希死念慮から目を背けられなくなってきた。

 

 頭を「死にたい」が埋め尽くす。死んでしまわないように/死ねない自分の言い訳のために、「師匠に会いに大阪へ行くから死ねない」と言い聞かせる。それでもメンヘラじみた思考は止められない。自分でも嫌になって、これじゃ駄目だと思っても、ポップアップしてくる「死にたい」のウィンドウを閉じきれない。

 

 

 私はなんて心が弱いのだろう、と嫌になる。さっさと死んでしまえばいいのに、死ぬことすら出来ない自分が憎くてたまらなくなる。

どうして、生き物は生きたくなくなった時にいつでも生きるのをやめてしまえる仕様ではないのだろうか。

どうして、生きたくないのに勝手に生命が続いてしまうバグが修正されないのか。

私には不思議でならなくて、今日もまた死を想うのだ。