生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

暑い

 二年前だったか、私が最後に心を芯から動かされたのは。

 

 それもまた呪いになったのだろう。その小説が私の芯に突き刺さってから今までで、先生が書く文章以外の何物も───文章に限らず映像でも───私の心の芯を揺さぶるに足りなくなった。

唯一芯を掠めたのが『君の名前で僕を呼んで』くらいで、後の何もかもが、心の表面をなぞるだけにしか思えなかった。

評価するポイントがどこか、とか、世間的なフィルターを通した時にどこが感情のフックになるのか、とか。「考えれば分かる」けど、言い換えると「わざわざ考えなきゃ分からなく」なった。もしかしたら覚えていない/言語化していなかっただけで以前からそうだったかもしれないけど。


 人とのコミュニケーションを第一目的にしてコンテンツを消費しているような感覚が拭えなくなった。人とシェアするために鑑賞しているかのような。心が動かされなくなったのも無理はない。ほとんど全ての鑑賞が、他人事のように思えた。
 感想を、“人並みに心を揺さぶられた体”で述べるようになった。借り物の感想を、他人事みたいな言葉で清書するようになった。
 全部全部が嘘みたいに思えて、本当のことなんてどこにもないように感じた。
 人はここで揺さぶられた素振りをして、ここを評価して、ここを嫌う。人並みに生きるために、そんなどうでもいいことに気を取られていたら、自分がどこに揺さぶられたのか、どこを評価したのか、どこを嫌ったのか、が自分の中から消えてしまった。


 大人ぶろうとして意識的に避けてきた中二病とやらに、今更罹患してしまったようだ。

 


 脳味噌が破裂しそうで、くだらないことが溢れて、止まらない。