生まれたてのこじか日記

短期記憶がすぐ消える暇人の肉体から乖離して独立した“書き手”という非実在存在の備忘録 この内容が本当か嘘かは“書き手”自身にも分からない

非言語部の文章化への試み

 死ぬんです、それはまあ決定として。

 

 声出なくなったなぁ顔動かせなくなったなぁと、キャスで喋ろうとして思った。リアルタイムに言葉を発することをこんなに出来なくなるものかと困惑した。話したけど、こうやって文章に出来るのは思考の内言語化/定義することのできるごく一部に過ぎないらしい。それを補完するために口語に切り替えようとしたんだけれど、まあ上手くいきませんでしたね。

 人は言語化できない思考に溢れてて、その曖昧さこそが応用力の高さにも繋がっているのだと思うけど、どうやら私は“言語化しやすい思考”以外を視界に入れてこないようにしてきたらしい。そっちの方が単純で分かりやすいしね。

多分、それが今の(比較的)文語フレンドリーな状態に繋がっている。

 

 言葉にできないなら、文章にしよう。声が出ないなら、指を動かそう。そういう試み。

 

 多分これも言った。生きることに意味なんてなくて、自分で与えるしかないんだ(師匠の受け売り)、と。

参照)“壺男”としてブームを起こした『Getting Over It』は何をプレイヤーたちに示したかったのか? 絶望の放物線が重なる“先”を今振り返る https://news.denfaminicogamer.jp/kikakuthetower/190710a

 だけどね、これも言ったかな、私はもう、生きることに意味を与えようと思い立つことに使える体力すらない。ウイルスに侵されたOSが無限ポップさせてくるエラーメッセージのように、生きない理由が無限に表示される。

 生きる理由(意味)を与える体力はないけど、「自分が生きることによって生み出せる価値はない」ことなら理解できる。

 友達?いないよ、自業自得なのも知っている。自分が「友達がいない」と表明することで傷付いたそぶりをする人間は、少なくとも自分の友達ではないな、ということも分かってる。私の周りに、そうやって傷付いたそぶりを出来る資格のある人間はひとりもいないと思っている。

 何を考えてたんだっけ、素面でもこの様だ。

 無価値“感”じゃなくて間違いなく無価値。無意味。私の努力が報われた試しはない。何故なら私の価値観が世間とはズレているから。

 

 ああ、そうだ、ええと。私って、私の家って、貧乏だったんだなぁ、と今更気が付いた。世間的な“貧困”に比べればまだまだ恵まれている方なんだろうけど、周囲と比べると本当に貧乏だ。

 家族旅行の話を聞く。どこどこへ行った、と聞く。いいなぁ、と思う。自分が最後に家族で旅行をしたのはいつだったかな、10歳よりは下の頃だったと思う。その後家族は部分的にパージした。そこからの生活は一人親にしては頑張ってくれたとは思う。高校はまだ耐えられた。大学に入って崩壊した。質の高い物量主義。遊べるだけのバックグラウンド。実家に両親がいることが前提。

 最近になって、ますます貧乏を実感するようになって、心が厳しい。実家に帰る度に、白髪染めをする暇すらないらしい父親がいて、実家の車は窓が閉じなくなったから、接着して開かなくしたのだという。

 私の口座残高は約800円だ。いやもう笑っちゃいますね、ホントホント。


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 ついでにこれは貧乏人(私)の眼鏡です。笑える

 教養とかマナーを身に付けるだけの背景が私にはなかった。だから今、同級生とどこかに行くとその度に自分のマナーのなってなさを感じて恥ずかしくて消えたくなるし、同級生と話すとその度に自分の教養のなさにその場から逃げ出したくなる。

 教養とマナーがない私を見た父親、私に何て言うと思います?「恥ずかしい子だねぇ」って薄ら笑いで言うんですよ。ああウケる。

 

 頑張って死のうがスローガン。何せ生きる目的どころか価値すらないのだから。

 

 非言語を文章にしたいのに、そもそも思考がグッチャグチャ。

 

 「好きです」ポジショントーク。「好きだった」言えなかった。

 言えばよかった、いや、言わなくてよかったのか?グチャグチャ。頭の中に粘りけのある虫が這う。私はもう駄目だ。

 

 何を書いたかな。ええと。

 生きるためにこれ以上努力するくらいなら、死んでしまった方がマシ。友達もいないしね。そもそも友達を得る資格すらなかった訳だけれど。

 あーあ、二十年とちょっとを合法的に育児放棄された結果がこれですよと。

 うるさいうるさい、金持ってる奴は同情するくらいなら金をくれ、笑いとして消費するくらいならどっかに行け。

 もう何もかもがうるさくて、耳栓が手放せなくなってしまった。周りはうるさい癖に、自分自身は声すらまともに出せなくなった。ああ、ウケるウケる。

 私は私を笑い事として消費するけど、他人に消費されるのは許さない。絶対に。

 文脈がゴミだ、今に始まった話ではないけど。

 職なし金なし友達なしでああこりゃ死ぬしかねぇな!ガハハ!って状態なので頑張って縄買います。理想は心臓電気だけど、そこまでの勇気はないんです。

 

 カウンセリング行ったけれど、意味なかったね。薬も沢山沢山、入院時よりも沢山飲んでるけれど、ずっと眠くなれる以外に効果はあんまりなかったかな。胃薬も処方してもらったけど、横になり続けてても気持ちが悪い。

 

 類は友を呼ばなかったね、そもそも自分がどこに分類されるのかも分からなかったけれど、誰もいなかった。

 貧乏なのに、金持ちに包囲されてしまって気が狂いそうで、狂いそうでならなくて、狂った。

 

 部屋を片付けなきゃ。でも身体が痺れるね、起きるのだけでも疲れてしまう。よく都心に行けたね、だって自分には人権がないから、それしかなかったから。

痺れる身体。血が止められている感覚。

 すごいね、人間ってこんなに価値を無くせるんだ。───鏡を見た私。

 鬱病患者って外から見たら面倒くさい。ただのメンヘラ。知ってます。

 

 人と対峙している時、相手から露骨に「どうでもいいなぁ」みたいなオーラを浴びせられることありません?私はよくあるんですけど。

 最近会った人にビシバシそれを浴びせられて、ああ、オッケー、となった。私はどうでもいい人間。知ってる。無価値。それも知ってる。

 

 やらなきゃいけないことをやってまで生きるより、多少頑張って死んだ方が絶対に楽だと自分の中で結論付けられてしまったからもうおしまい。

 

 「大丈夫?」と誰かが聞く。大丈夫な訳ないだろ、なんて答えは許されないから、大丈夫じゃなくても「大丈夫」と答える。相手の気遣いが、何らかの価値を創出したことを演出する。いや、疲れませんか?これ。私は疲れちゃってもう嫌になっちゃって。

疲れて吐き気がしても吐く物が胃にないから吐き気だけが残されて。

 

 何を言おうとしてたっけ、忘れた。

 「助けて」なんて言わない。助けを請うてどうにかなるような段階は10年くらい前に終わっちゃってる。今の私を助ける術は非現実的なアレコレしかない。なので無理。

 

 麻痺側の末端が土気色をしている。死が指先から侵食してくる。ハァ、疲れた。Twitterで疲れたって言うとフォローしてるbotが感情の伴っていない文字で労ってくるから易々と呟けない。ブロックすればいいのにね。それすら面倒くさい末期なんですよ。

 

 楽しくなかったなぁ。